オーディオ

 今月半ばに我孫子オーディオファンクラブ(AAFC)に入会した。たまたま大学の同窓会でクラシック音楽をよく聴いていると言ったら、さっそくこの会を薦められてなんとなく入会した。すばらしいオーディオ装置とはいかなる音がするのか聴いてみたいというのも入会の動機である。

 音楽は中学生くらいの頃から聴くのが大好きでクラシックを中心によく聴いている。LPレコードも結構持ってはいるが、最近はあまり聴かない。やはり一々レコード盤をひっくり返すのが面倒で、全く同じ演奏のCDも持ってたりする。    CDはたくさんあるが、AVアンプやユニバーサルプレーヤーを去年買い換えたのを切っ掛けに全集物を随分たくさん買い集めている。去年はモーツァルトイヤーでモーツァルトは勿論だが古典派やバロック音楽を中心に買った。CDのほとんどはHMVのネットで買っている。最近はCDが随分安くなったので気楽に買える。

 リビングには5.1チャネルのオーディオシステムがあるが、家のリフォームをやったのを機に息子が独立してくれたので、彼の部屋を私の書斎兼リスニングルームにした。
 窓をペアガラスにしたのでさらに音の響が良くなるように床はフローリングにした。なんとかライブな音がよく出るように家具のレイアウトなども工夫した。
最近は小さな装置が流行っているようで、オーディオ機器は安価なCDプーヤー付きレシーバーにした。但し、音質的に少しでも良いものをと思ってオンキョーのCR-D1をチューニングした吉田苑モデルのCR-D1SE-XO3を買った。スピーカーはトールボーイタイプのモニターオーディオBR5にした。リビングルームのシステムの5分の1程度の値段だ。ちなみにリビングルームのシステムは5.1チャネルで2チャネルステレオに比べると奥行きのある音になり、むしろあまり響かない部屋、いわゆるデッドな部屋の方が合っている。5.1チャネルと言うと映画のサラウンドを連想するが、私の場合は音楽を聴くことを主体にしている。機器やオーディオボードはそれなりにコストをかけている。

 今回、書斎にオーディオ機器を置いて、いまさら気がついたのはセッティングの難しさだ。2本のスピーカーの向きを変えたり、床との共鳴をいかに少なくして良い音を引き出すか、壁との距離はどうかなど、いろいろ試してみた。
 このときオーディオチェック用CDとして随分役に立ったのが「有山麻衣子 幻のコンサート」とバッハの「無伴奏チェロ組曲」である。前者は宇野功芳氏が企画、指揮し有山麻衣子さんが歌った童謡を中心とした歌曲集であるが、彼女はヴィブラートを使わない天使のような澄み切った声で歌っている。勿論、いわゆる童謡歌手の歌い方でもない。このCDを聴くと音の定位やスピーカーコードの良し悪し、さらにインシュレーターの効果などが明確にわかる。
 もう一つのCDはフルニエが演奏する「無伴奏チェロ組曲」で、低音の響がすばらしい。このCDは低音の調整に用い、スピーカーの設置位置を決めるのに大いに役立った。

 AAFCに入って大型のシステムやいろんなレパートリーの音楽を聴かせていただいているが、なんと言ってもCDのコンテントそのものとリスニングする部屋でほぼ決まってしまう。オーディオシステムの良し悪しはその次くらいになると思っている。(追記)もっとも良かったのは別記事で紹介している我孫子けやきプラザで聴いたオーディオだったと思う。昔のレコードコンサートを思い出す。AAFCに入会してオペラなども聴くようになった。去年のザルツブルグ音楽祭での「フィガロの結婚」はアンナ・ネトレプコを中心とした歌手陣がすばらしい。J.シュトラウスの「こうもり」はカルロス・クライバーの指揮とウィーン・フィルの演奏のうまさが抜群だ。

やっとリフォーム完了

リフォーム前リフォーム後

 すでに6月の半ばになるが、一昨日リフォーム費用を支払ったので、工事は完了となった。忘れないうちにリフォームの模様を書き記しておく。

 最初のとっかかりは前の記事で書いたが、そのあとが大変だった。

 外壁や屋根の葺き替えの準備で家の外は青いビニールで囲われていたが、その状態で、一階の和室の床工事が始まった。同時に屋根板を既存の屋根板の上に貼った。
 和室は畳を疂屋さんに預けて、板の間になった。和室にあった家具類は二階の東南洋室に移した。そしてリビングに置いてあったリビングボードや食卓、テレビ、電子レンジなどが板張りの和室に移りそこでの生活が始まった。

 次にリビングルームの床工事、玄関ホールの床工事、一階二階ともに壁の補強工事と木工事が続いた。カーペットは細かく切られて、ほこりと泥の着いた状態になってしまった。リビングは工事材料置き場に変わっていた。

 大工さんは壁と屋根裏のの断熱材補充もやっていった。この間に屋根屋さんと板金屋さんが屋根瓦や屋根周りの工事をやっていった。

 期間の中程でそれまではなんとか料理ができるようになっていたが、いよいよ台所の工事が始まった。台所の床、壁、天井、水道管の交換などもやってもらった。水道管の鉄管が錆びていて、水道水の中に赤錆が出ていたのでこの際、水周りは全部交換ということになった。これからは料理は出来ず、外食とコンビニの弁当、サンドゥイッチ、スーパーの惣菜が続いた。女房は家事をする必要が無くのんびりとしていた。

 結局、ほとんどの期間は一階の和室がリビングになり、二階の和室が寝室になった。

 最後は内装のペンキ塗り、壁紙貼り、絨毯貼りと家具を移したままの状態で終わりに近づいた。屋根回りはとっくに終っていたが、サッシの交換が大仕事のようだった。それが終って、外壁の工事、コーキングと続いた。

 玄関のタイル補修や勝手口のセメント張りは最後で、この頃にやっとリビングが使えるようになった。照明もすっかり替えていたのでずいぶん明るい部屋に様変わりした。外回りの電気工事やエアコンの再設置などもようやく終った。

 最後にサッシの調整で締りの悪いところを直してもらって最後となった。

 全部完了したのは5月24日であったが、その後は、自前の作業が続いた。家具の再配置や収納。カーペットやカーテンの取替えなどが続いて忙しい毎日が続いた。