新型コロナ感染症の4年間

    日本で最初に新型コロナウイルス患者が発見されたのは、2020年1月16日に武漢から帰国した、神奈川県在住の日本人であった。
     新聞などで騒がれだしたのは、2020年2月3日に横浜港に帰国した11万5000トン、3800人乗りの豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」に風邪に似たコロナ感染症の蔓延を発見した1月末のことである。

    この感染症は高齢者の罹患率が高く、重症化しやすく、人口心肺装置を使わなければ、死に至る病であることと、感染しやすいことで、一刻も早く、設備の整った大病院で隔離しなければならない点にある。
    この感染症は2019年末に中国の武漢で発見され、武漢市全体が封鎖されるほど患者が増加し、世界保健機関(WHO)が緊急事態宣言を発令していた。日本でも「ダイヤモンド・プリンセス」の事件を知って対策本部が設置された。
  「ダイヤモンド・プリンセス」には一人の中国人が香港から乗船したことも明らかになった。

    WHOではこの新型コロナ感染症を「COVID-19」と命名し、世界的な流行に対処することを感染者の発生した各国に通告した。
  日本でも、2月半ばに屋形船での新年会や病院内で集団感染(クラスター)が発生した。問題は、感染の速さや、死者の多さで、人工心肺装置のような高度医療体制の整った病院とその保有するベッド数では足りなくなることであった。
  3月になると、小中学校が早い春休みにはいり、WHOも「パンデミック」(世界的大流行)宣言を発した。
  この年は2回目の東京オリンピックが予定されており、全国民が期待していたが3月24日には延期が決定された。

    4月になると患者が急増し、中旬には新規患者数が708人に達した。これが新型コロナウィルス感染症第1波のピークになった。この時点で、政府の緊急事態宣言が全国に発令され、不要不急の外出や、宴会やパーティは禁止されるようになった。
  会社員はできるだけ、自分の家の中でパソコンを使って仕事をするようにし、会議も画面に向かってリモートで会議することが奨励されるようになった。
  5月に入ると大型連休も手伝って、繁華街は閑散となり、6月中旬まで新規感染者数も減少していった。
  しかし、6月下旬頃から、繁華街やリゾート地などで、患者が増え始め、7月に入って、8月になるまで患者数が急増、第一波を超える1600人にもなった。これが新型コロナウィルス感染症第2波となったのである。
  この年は、10月頃まで減少傾向になったが、その後またもや、増加に転じて2021年1月8日に8050人のピークに達した。これが新型コロナウィルス感染症第3波である。ここで、政府は第2回目の緊急事態宣言をだした。

    この長かった、ウイルス禍の一年が過ぎて、2月になって、ようやく米ファイザー社によってワクチンが開発されたのである。3月に医療関係者からワクチン接種が開始され、4月に我々一般人もワクチンの恩恵に預かるようになった。
  東京オリンピックはこの年、2021年7月23日に開催され無観客の開会式になった。
    2020年1月から2023年1月までの3年間に新型コロナウィルス自体も変異し、最初の武漢・欧州型から、アルファ株、デルタ株、オミクロン株となっており、新規感染者数は第8波まで、増減を繰り返し、1日で最大26万人(第7波)になった。重傷者数や高齢者の死亡率も減じていった。

    2023年になると、新型コロナウィルスも普通のインフルエンザと同じ扱いになり、第5類感染症といわれるようになったのである。
  新型コロナウィルスという名前はなくなったが、インフルエンザは残っている。実態は同じと思った方が良い。今でも多くの人がマスクをかけている。

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ご回答をありがとうございました。 ✨

“新型コロナ感染症の4年間” への1件の返信

  1. 新型コロナウィルスが蔓延し始めてから、どこに行くこともなく、このブログも休止していました。私もすでに、80歳になり、新しい世界を模索しています。

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