北八ヶ岳ハイキング   2011/08/19

白駒池
  
アキノキリンソウ ハクサンフウロ
ハクサンイチゲ? ノアザミ
 ここ3ヶ月は毎月バスツアーに出かけている。尾瀬、白馬、それに今回の北八ヶ岳である。尾瀬のミズバショウや池塘の景色に惹かれたのが癖になってしまったようだ。白馬はハイキングとしては大したことは無かったが、高山植物園での花々が綺麗で、バスの中の会話も楽しかった。それに安曇野の蕎麦が実に美味しかった。ただ旅行するだけではなく、旅先での風景や高山植物の写真撮影が大きな動機になっている。カメラは昔からの趣味であるが、一昨年、新しい一眼レフデジカメを買ったおかげで、撮影技法にも新しい興味が湧いてきてまた凝りだしたのである。写真と記事を書くというブログのスタイルも定着している。
 朝6時50分、松戸発のバスに乗った。乗客は約15人程度で、ほとんどが一人旅のようだ。本格的な登山コースで、天気もパッとしない。昼からは雨も降るという予報が出ていた。そのためか、これまでのツアーとはお客さんの服装や雰囲気も異なっていた。皆、立派な山登りの格好である。関越道経由で中央道へ出て、諏訪のインターを出、国道152号線から299号線経由でピラタス蓼科ロープウェイの駅に着いた。 すでに雨が降っていて、ロープウェイからは何も見えず、山の上は霧になっていた。ロープウェイの山頂駅で昼食をとり、雨具を装着した。山で雨具を着るというのはこれまで殆ど経験していない。ゴアテックスの雨具は持っているが、カメラを入れるとザックに入らない。着用したのは前日用意した100円ショップの雨具である。
 まず坪庭に寄った。霧で何も見えない。ここから、「五辻」を経由して、石がゴロゴロしていて、その間を雨水が流れる登山道を、ひたすら「出会いの辻」まで歩いた。この道は本来は冬のクロスカントリー用に設けられた道で夏山の道ではない。日帰りバスツアーだけに最も無難なコースをたどったのだ。滑らないように足元に注意して歩くので、下ばかり見て歩く。「出会いの辻」に着いたときは、暑くて、汗だくになっていた。汗で内側から濡れるより、雨に濡れたほうがましだと思い、雨具を脱いで歩くことにした。「出会いの辻」で大石峠方面の道をたどり、「おとぎり平」から急坂を下り、「コケモモの庭」に出た。それまでずっと針葉樹林の中を通ってきたが、ここで背の低い樹木で覆われた溶岩台地が現れ、やっと北八ヶ岳らしい苔に覆われた庭の景色を見ることができた。
 しばらくすると、国道299号線に出たが、道を横切って、また山道に入った。ここからは、苔に覆われた樹林が続く。雨もすっかり上がり、気持ちの良いハイキングになった。麦草峠の手前で、鹿避けの冊があり、扉を開けて入るようになっていた。その柵を過ぎると、アキノキリンソウやハクサンフウロ、ノアザミなどの高山植物が見られるようになった。
 麦草峠から白駒池までの間は「もののけ姫」の舞台になるような苔生した樹林が続き、木の下が空洞になっているようなところもある。「この森の中に入って行ったら、きっと迷い込んでしまうね」と皆で話しながら歩いた。お互いに知らない人たちばかりだが、いつの間にか打ち解けていた。
 白駒池の近くにくると、低い樹林になり、シャクナゲの木が群生している。坪庭のような見晴らしになっているが、溶岩台地のため背の低い樹木しか育たないようだ。シャクナゲが咲きそろった頃に来ればさぞ綺麗だろうなと思ったが、ガイドさんの反応はよくない。ここの野生のシャクナゲはあまり綺麗ではなさそうである。秋の紅葉は素晴らしいと言っていた。
 雨が止んでも、雨水が木から落ちるので、写真撮影は難しい。それと、山岳ガイドのSさんのペースが速くて、ゆっくり写真を撮っている暇もなかった。
 
 白駒池でしばらく休憩して、帰りはバスが迎えに来ている白駒池入り口まで歩いた。そこから、諏訪のインターに入り、中央道を通って帰った。諏訪のインター近くのお土産屋さんで雨具をすべて処分したが、ずっと履いていた下の雨具を脱ぐと、スボンがびっしょりと濡れていた。汗と外から入った雨で濡れたと思う。靴下も替えたが、ローカットの靴では雨の中はダメだということがわかった。
 行きも帰りも、バスの中では隣席が空いていて、一人で、文庫本「佐賀北の夏」を読んでいた。2007年の夏、母校の佐賀北高校が甲子園で優勝したときのノンフィクションストーリーである。

白馬と安曇野の旅        2011/07/26

白馬五竜高山植物園
八方尾根 オオバギボウシ キバナカワラマツバ 
シモツケソウ コメツツジ キンコウカ 
クガイソウ ニッコウキスゲ タカネナデシコ 
コマクサ コマクサ ヒマラヤの青いケシ 
カライトソウ エーデルワイス ヤナギラン
 つい先月、水芭蕉の花が咲き誇る尾瀬に行ったが、今月は白馬五竜スキー場にある高山植物園と現在TV放映中の朝ドラ「おひさま」の舞台となっている安曇野の大王わさび農園を廻るバスツアーに参加した。どちらも今月の初めにNHKの「小さな旅」で紹介されていた場所である。また、前の日にNHKで松崎しげるが大王わさび園のわさび田を紹介していた。
 朝7:20、松戸発のバスに乗った。西船橋始発ですでに多くの客が乗っていた。私は今回もひとり旅で、隣の席に座る人次第で旅の楽しさも違ってくる。尾瀬のときのKさんは気さくで話しやすかったが、今回、隣のMさんはなんとなく口が重そうである。こちらから話しかけても、反応が短い。その内に、Mさんがデジカメの写真を見だしたので、ちょっと覗いて、「いろんな所へ行ってらっしゃるようですね」と聞くと韓国なんかも行ってるとおっしゃる。先月も同じ白馬五竜の高山植物園に行ったけれど、天気が悪くて、花を見ることが出来なかったと言っておられた。先月は新幹線とレンタカーを使って、戸隠神社にも行ったとのことで、「あそこは奥社と中社があるんですが、下社というのは無くて、宝光社というのがあるんです」と言われた。私にピンと来たのが、宝光社の名前だった。「今、宝光社と言われましたね」と聞いて、「あそこは内田康夫の『戸隠伝説殺人事件』の舞台ですね」というと、「そうです、そうです。浅見光彦の世界です」と話がはずんできた。それからはほとんど打ち解けて、謡曲「紅葉狩り」の話をしたり、「鬼女紅葉の話は近くの鬼無里(きなさ)という村に伝わる伝説から来ているようです」というと、「あれを『きなさ』と読める人はまずいないですよ」と驚いておられた。「さきほど見ておられた朱塗りの門の写真は赤間神宮ですか?」と聞いて、「松本清張の『時間の習俗』に出てきますね」と云うと「いや、あれは対岸にある和布刈(めかり)神社です」とMさんも推理小説には詳しい。おかげで、バスの中でも退屈せず、高山植物園やわさび田でも行動を共にすることができた。
 バスは長野自動車道を長野ICで降りて、ひたすら谷沿いの道を通って、白馬五竜スキー場に向かい、到着したのが午後1時頃であった。関越道と上信越道で道路工事が多くて、予定を大幅に超えてしまったのだ。白馬五竜スキー場が整備されて、夏は「白馬五竜高山植物園」になる。スキー場のゴンドラに乗ると、高山植物園に着く、さらに、上はリフトで登った。リフトの上は普通の登山道だが、頂上のケルンまではすぐである。Mさんは身体が弱いと云うので、私一人で登った。登山道からは八方尾根がよく見えるのだが、雲がかかっていて、写真を撮るにはあまり良い天気とは言えない。高山植物は豊富で、オオバギボウシやニッコウキスゲ、コバケイソウ、オニユリなどが群生していた。花期が過ぎた大きなミズバショウの葉も残っていた。
 高山植物園でMさんと合流し、一緒に見て回った。Mさんは、つい先月行ったばかりで、花の咲いている場所や花の名前にも詳しい。二人で探したのが、まずはコマクサである。この時期、高山植物の女王といわれるコマクサはまさに真っ盛りである。中には白いコマクサも咲いている。次にエーデルワイス、この花はオーストリアの国花で「サウンドオブミュージック」でも歌われる花である。派手さはないが、凛として美しい。もう一つは二人とも見たかったブルーポピー、「ヒマラヤの青いケシ」である。ゴンドラの発着所のすぐ近くで見ることができた。Mさんは先月来たときは雨でほとんど見ることができなかったけれど、今日来て本当に満足したと云っていた。私は写真を撮るのに忙しかったが、なんとかギリギリでバスの時間に間に合った。ほんの1時間程度で短かすぎると思った。それでもたくさんの高山植物を登山なしで見ることができてすばらしい。最近は多くのスキー場が夏の間、植物園になり、ロープウエイやリフトを使って登ることができる。山百合などが中心で、白馬五竜の植物園のような本格的な高山植物園はまだ珍しい。
 白馬五竜スキー場を発って、次に、安曇野に向かった。途中、青木湖や木崎湖が見える。ここは松本清張の「影の地帯」に登場する。木崎湖からすぐ南に、大王わさび農園がある。わさび田の上流に、川が流れていて、水がきれいだ。そこで、今回のツアーの趣向の一つになっている、クリアボート体験をすることになっている。ここは朝ドラ「おひさま」のロケ地で簡単なオープンセットがあった。テレビに映る部分だけを組み立てた簡単な家だが、実物大である。ボートはゴムで作られた8人乗りで、みんなが櫂を持って漕ぐようになっている。水は澄んでいて冷たい。わさびを育てるには好条件である。川のそはには水車小屋が並んでいて、多分、水をわさび田に流しているのだろう。ボートを降りて、わさび田の方に行ったが、わさび田は日を避けるために黒い網が張ってあり、その隙間から覗けるようになっている。私とMさんはわさび田を見るのには時間をかけず、休憩所になっている蕎麦屋に入った。わさびはここの採れたてのわさびが使われている。これまで味わったことのないような本当に美味い蕎麦であった。
 帰りのバスでMさんと話したが、「『信州は月と佛とおらが蕎麦』という一茶の句がありますが、佛は善光寺、蕎麦は信州のどこの蕎麦も美味しいけれど、月は何処だと思いますか?」という私の質問に対して、「戸隠にある姨捨山の近くの『田毎の月』ではないでしょうか」と応えてくれた。私は「更埴の月です」と答えた。あとで調べたのだが、どちらも正しいけれど正確ではないことがわかった。まず、一茶の句ではなく、「信濃では月と佛とおらが蕎麦」が一般的なようだ。次に月は姨捨の「田毎の月」である。この付近は山が多く、田圃も棚田になっていて、どの田圃にも月が映って見え、「田毎の月」と呼ばれる。さらに、蕎麦は更科の蕎麦、いわゆる「更級蕎麦」のことを言っているようだ。更科郡と、埴科郡が合併して、更埴市になったのだ。姨捨という土地も更埴市に入るので、私の云うこともMさんの云うことも正しいことになる。要するに、信濃の名物は「姨捨の田毎の月」と「善光寺の阿弥陀如来」、それに「更科の蕎麦」だということである。ちなみに、更埴市は現在、千曲市になっている。
 バスは豊科のインターから中央道に入り、首都高経由で松戸まで戻った。行きと違って帰りは順調に走り、予定通りに着いた。その間も、Mさんとの話で、彼が韓国や香港、台湾といろんなところに行っていることも知り、最近の韓国や台湾の事情も興味深く聞かせていただいた。Mさんは心臓が悪く、山は登れないが、健康のためによく歩くように努めているし、現在も図書館で働いていて、いろんな質問を受けるそうだ。知識が豊富な理由がわかった。 ( 2011年8月15日 記)