仁和寺前でバスを降りて、京福電車の御室仁和寺駅前まで行き、左側の踏切を渡って線路沿いに東へ向かった。妙心寺には、いつもは丸太町通りに面した南門から入るのだが、今回は、北門から入ろうと思う。こちらから入る観光客は少ないのか、それらしい人には会わなかった。お昼をとっくに過ぎていたので北門前付近で食堂を探した。「萬長」というお店と「つれづれ亭」というお店があった。よく見ると、「つれづれ亭」は「萬長」の分店で、入りやすそうなので、そこで昼食を摂った。この付近は「双ゲ丘」と云って、「徒然草」の吉田兼好が庵を結んだ土地である。
妙心寺は広大な土地に46の塔頭があり、禅宗の中でも最大の宗派、臨済宗妙心寺派の総本山である。建武4年(1337)に花園法皇が自らの離宮を禅刹に改め、関山慧玄(無相大師)を開山として迎えたのが始まりである。応仁の乱で一時中絶したが、細川勝元の支援で再興したとなっている。午前中に行った、枯山水の龍安寺も妙心寺派の末寺である。
禅宗は達磨大師がその始祖である。達磨はインドで生まれ、6世紀初頭に中国に渡り坐禅を組んで、内観を重んじる禅の心を確立している。その一世紀後に、曹洞宗と臨済宗に分かれて、お互いに栄えるようになった。鎌倉時代に道元が曹洞宗を、栄西が臨済宗を日本に伝えている。
曹洞宗の総本山は福井県の永平寺であるが、臨済宗には多くの宗派があり、妙心寺派のほか、大徳寺派、南禅寺派、天龍寺派などがある。また、鎌倉の円覚寺、建長寺などがそれぞれの宗派の本山となっている。
臨済宗寺院数は約6000余りだが妙心寺派はそのうち約3600を占めている。
妙心寺は観光地としてはあまり有名ではなく観光客も少ない。本山の堂宇としてよく知られているのは、狩野探幽が八年がかりで描いたと云われる天井画、雲龍図のある法堂と、狩野探幽、益信作の襖絵がある大方丈や、明智光秀の菩提を弔うために創建された明智風呂などである。ほかに、西暦698年にあたる年に製作されたという銘文のある日本最古の梵鐘が法堂の中に安置されており、国宝に指定されている。
たくさんの山内塔頭の中で常時一般公開されているのは、退蔵院と大心院、桂春院のみである。今回は最初に、桂春院に行ってみた。この中に入ったのは初めてだがここの庭は枯山水でもなく、まったく普通の庭としか思えない。秋の紅葉が綺麗なのかもしれない。次に行ったのが大心院だが、ここは樹木や苔などで囲まれた枯山水の庭がある。宿坊も兼ねていて、落ち着いた寺院である。
何と言っても、立派なのは退蔵院の庭である。ここの枝垂れ桜は何度見ても素晴らしいし、枯山水の石庭も立派である。それほど広くはないが、全体的には回遊式庭園の様式も引き継いでいて、日本庭園のエッセンスがここにあると云っても良い。昨年、私がこの寺から外に出たときに、拝観に来ていたおばさんから、「ここには何があるんですか?」と聞かれたが、「素晴らしい庭が有りますよ。ここを見ないで帰ったら妙心寺に来た甲斐がありませんよ」と応えた。昨年も同じ桜の季節に来たのだ。水琴窟も有って、耳をすますとつくばいから落ちる水音が綺麗に響いて聞こえる。
ここでしばらく休んだあと、南門を出て、京都駅に向かった。







