Enjoy my life

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つい1ヵ月ほど前にこの店に来たが、ベリーダンスをまた見たくて、別の友人と来てしまった。ダンサーも代わっていて、踊りも違っていた。

今回は,剣も使った踊りで、あれを落としたらと思って怖かった。

 

 

Homecoming  Day

 久しぶりに大学の同窓会に出席した。卒後45年目の校友を中心にして招待された。戸山キャンパスにある記念会堂で、ホームカミングデー記念式典が10時から始まった。大学の総長や校友会会長の挨拶などがあり、校歌や応援歌を歌って式典は終了した。かなり広い会場だが、満席であふれるほどであった。
 式が終わって、4年生の時の卒論研究室の仲間が集まることになっていたが、5人のうちS君の携帯の番号がわからず、残りの4人で大学の構内をぶらぶらと歩いた。途中で同じ学科だったI君も一緒になって、昔、研究室があった校舎やしばしば講義を受けていた材料技術研究所(当時は鋳物研究所と称していた)にも行ってみた。ここがそうだったのかと思うくらいで、すっかり忘れてしまっていた。
 I君以外の同じ学科の連中とは会えなかった。我々41年卒のF研の仲間が集まったのは、結束力が強いからではなく、今月、F先生がお亡くなりになって、S君が中心になり9日のお通夜で一緒になったからである。お通夜のときは、山形に住んでいるK君は来れなかったが、Homecomming Day には姿を見せてくれた。
 これまで、ほとんど会うことがなく、年賀状だけの付き合いになっていたが、同じ研究室の仲間というのは良いものである。別れるのが惜しくて、山形に帰るK君を送って、東京駅まで行き、新丸ビルでコーヒーを飲んだ。K君が山形へ帰ったあとは、私とM君で銀座の「酒の穴」へ行った。ここの利き酒セットは普通はまず飲めないような地酒を出してくれて、お酒の量もつまみの料理も手頃で値段も安い。

Dinner Show with Hula

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女房の姉さんと、姉さんの教え子のSさんと三人で目白にあるホテルのBanquet Roomで催されたDinner Showに出席した。ここのホテルは山縣有朋が築庭し、現在では宴会場として使われている椿山荘の一部になっている。庭が綺麗で待ち時間の間、散策して、写真を沢山撮ってあげた。
Showの催し物はHulaで、女房が所属している団体が主催していて、ハワイからもプロのバンドとダンサーが招かれていた。生徒たちのダンスが中心ではあったが、プロのダンサーの踊りは見ごたえがあった。
とくに、男性のHulaはキレがあって楽しい。

尾瀬、草紅葉の秋

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10月初めの尾瀬、草紅葉で黄金色に包まれる風景を期待して登った。尾瀬に行くのは多分、20代の頃以来である。昔、登山や旅行雑誌に掲載されていた尾瀬の草紅葉の写真、木道の周りをはるかかなたまで黄金色の草で囲まれている風景を見るのは長年の憧れであった。それを最新の一眼レフカメラで撮影できるというのは写真雑誌の世界でもある。

  新聞の広告に載っていた「日帰りで行く尾瀬」の広告を見て、衝動的に申し込んだ。天気次第で写真は勿論、旅行そのものの気分も変わる。幸いなことに好天気とはいかないけれど、薄曇り、時々晴れの天気であった。朝6時50分に我孫子発のバスで関越道を通って、登山口の鳩待峠に着いたのが11時である。それから山を登る、というより、峠を下る。帰りが心配になるほど、下りっぱなしである。一時間程で、左に至仏山の紅葉が見えるようになったら、すぐに「山の鼻」に着いた。
    ここには公衆トイレがあり、観光センターや国民宿舎もあった。ベンチに座って昼食をとる。食事を終えて、すぐに尾瀬ヶ原の木道を歩く。木道に入ると一面、草紅葉の世界になった。日光の戦場ヶ原の草紅葉(?)は数年前に歩いたが、あそこは草が枯れていたのに対して、こちらは草がまだ枯れずに、紅葉になっている。気温や湿原の水の影響で、枯れずに紅葉するようだ。日光でも小田代ヶ原まで行けば、草紅葉が見れるという。いずれにしろ、草が紅葉して見える期間はほんの少しの間のようだ。尾瀬でも10月初めから山小屋が閉じ始める10月半ばまでのようである。
    尾瀬のもう一つの魅力は何といっても、点在する池塘とその水面に浮かぶヒツジ草、そのあいだに写る青空、山や紅葉した木々の景色である。ときどき、エゾリンドウや吾亦紅(ワレモコウ)の花を見つけた。リンドウと同じ色のトリカブトの花も綺麗だ。 日帰りのバスツアーで帰りの集合が3時半だと云うので、2時頃に牛首分岐に着いて、ほんの少し休憩したあと、同じコースを鳩待峠に戻った。名残惜しくて、帰りの木道はずいぶん短く感じた。行きでどんどん下った分だけ、帰りの登りは大変だと思っていたが、意外と簡単に戻ることができた。 3時半になると、この季節はもう夕暮れになってくる。バスに乗っている時間が9時間、歩いたのが4時間半だから、ほとんどがバスの中で過ごしたわけだが、小説を読んでいたので、退屈せずに済んだ。 

    尾瀬と云えば、水芭蕉の花が咲く6月からニッコウキスゲの群落に囲まれる8月初め頃が最も良い時期である。私が若い頃は、沼田まで夜汽車を使い、路線バスを乗り継いで、戸倉経由で大清水まで行き、大清水から三平峠を越えて長蔵小屋までたどり着いた。尾瀬沼の周りを散策して、帰りは尾瀬ヶ原を突っ切り、富士見峠まで登るのが普通であった。 
     このコースはかなりの距離を歩くので、当然のことながら、登山をする覚悟が必要で、日が短くなる秋に尾瀬に行くことは少なかった。今は鳩待峠までバスで行けるので、多くの観光客が尾瀬を訪れて、高山植物の群生する広大な景色を見ることができる。木道も整備されており、登山の雰囲気は薄いが尾瀬に来たという気分は満喫できる。ただ、夏のシーズンは木道が人で混雑して、ゆっくり写真を撮っている暇もないのかもしれない。

ベリーダンスを堪能する

今年は私が大学を卒業してから45年になる。大学では卒後45年の交友を中心にして、大学祭に招かれる。この行事を「Homecoming day」と呼んでいる。招待状の中に現住所を大学が把握していない同期卒業生の名簿が同封されていて、私と同じ研究室出身の I 君の名前があった。私は彼の電話番号を知っていたので、彼に、大学に通知して良いかどうかを確認して、了解を得たので、大学にメールした。I 君とは本当に40年ぶりの会話で、近いうちに飲みに行こうと彼を誘った。先週、I 君から電話がかかって来たので、さっそく彼にも都合の良い新宿で会うことにした。彼はトルコ料理なるものを食したことが無いと言っていたし、私もここしばらくトルコ料理を味わっていなかったので、ボスポラスハサン新宿店を予約した。
トルコ料理は世界三大料理と言われているが、美味しいのはケバブ、日本ではシシカバブと言う場合もあるが羊肉を使った串焼きのようなものである。ワインを飲みながら、ゆっくりとお互いの近況や、昔の思い出ばなしで時間はあっという間に過ぎて、今日、私が最も期待していたベリーダンスが始まった。この店では毎週水金土の夜8時頃からショーが始まる。
前もってビデオでベリーダンスを撮影すると断り、良い席を取ってくれるように頼んでおいたので、踊るスペースの正面の一等席が確保できた。まさに踊り子の振るヴェールが私の顔に掛かりそうな席である。スタイルの良い美しいダンサーの香しい匂いも届いてくる。
通常のビデオカメラだと望遠側にシフトしていて、焦点距離が最短で40mm以上になる。劇場の最後方の席の後ろから三脚を立てて撮影するのには向いているが、近距離の撮影にはワイコン(Wide Conversion Lens)を着けないと無理な距離である。私が持参したカメラはSONYのDSC-HX5V、コンパクトデジカメではあるが、ハイビジョンビデオカメラにもなる。焦点距離は最短25mmの10倍ズームレンズでこのような場所では最適なカメラである。片手で持って、ショーを見ながら撮影したが、強力な手ぶれ補正でちらつきもなく、踊り子の動きに追随しながら撮影ができた。オートフォーカスのピントも良く合っている。
ベリーダンスと云えば、トルコ料理店のイメージが強いが、インド料理店でもやっているようだ。もともと、エジプトが発祥地で、古代エジプトの壁画にも描かれている。トルコからアラビア半島などのアラブ文化圏で発展したダンスで、西洋では「オリエンタルダンス」と呼ばれている。クラシック音楽が好きな私にはリムスキー・コルサコフの「シェラザード」をイメージさせるが、さらに、「千夜一夜物語」を連想させる。
日本にもベリーダンスを教える教室はたくさん有るようだが、この踊りはかなり腰やお腹、さらに肩や胸の筋肉を使うので女性の健康法には最適かもしれない。ただ、年配の方にはやや無理がありそうだ。
今晩のダンサーもトルコの女性で普段は頭からヴェールを纏っているような、エキゾティックな女性で、魅力的なマスクと身体つきである。踊っている女性のすぐそばで見ている時間は、本当に幸せな瞬間であった。ヴェールを懸けてもらった I 君はもっと良かったのかもしれない。
ビデオも、これまでのベリーダンスを撮影した作品よりかなりうまく撮れたと思っている。早速、編集してYouTubeに投稿した。