2015年 千葉県稲門祭

 千葉県稲門祭は毎年この時期に開催される。今年は11月28日(土)になった。
 第一部は午後2時よりNHKの歴史番組などで有名な松平定知氏による講演、「リーダーとは何か ~信長+秀吉+家康~」で始まった。戦国の世を終結させた3人の天下取りを現代風にアレンジしてわかりやすく対比し、結果として何故徳川の世が続いたのかがよく理解できた。お馴染の話題ではあるが、松平氏独特の発想の豊かさや話し方の巧さで新鮮に捉えることができた。
 第二部で鎌田早稲田大学総長をはじめとしたスピーチがあり、一旦休憩に入った。私は写真撮影の係だったので、講演中も忙しく、集中して聞くことができず残念だ。
 第三部は懇親会で広い会場で500名以上の参加者がテーブルを囲んでの食事会となった。私達、写真班は、ゆっくりと食事をする暇もなく、校友会毎のテーブルを撮影して廻った。それと同時に、BGMのために駆け付けてくれた「早稲田大学ニューオルリンズジャズクラブ」の皆さんのビデオ撮影を行った。伝統あるクラブのジャズ演奏である、静かに聞きたいと思う。
 最後は応援部のリードで「都の西北」を歌って、閉会となった。    

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応援部のチアリーディング
早稲田大学校歌「都の西北」

秋の京都 2015年11月20日

泉涌寺 大門 泉涌寺 仏殿と舎利殿泉涌寺 庭園 御座所

 秋の京都、最後の日で、京都駅にすぐ近い場所にしたい。バスではなく、電車となると東福寺の紅葉が良いのだが、何しろえらく混んでいる。これまで何となく遠いと思っていた泉涌寺(せんにゅうじ)に行くことにした。紅葉が綺麗だとかは聞いたことがない。ただ、天皇家の菩提寺だとは知っていた。皇室とお寺はイメージ的に結びつかない。皇室は神道の大元締めみたいで神社ならピッタリである。鎌倉初期に、創建されて、時の四条天皇が葬られ、その後、遡って天智天皇以降の歴代天皇がここを菩提所として祀られている。
 宗派は戒律の復興を旨とし、天台・真言・禅・浄土の四宗兼学の寺として隆盛したしたらしい。菊の紋章を掲げ、広く「御寺(みてら)」と称されている。

 東福寺駅から東福寺に行くのとは反対方向に行って、東福寺の裏楊貴妃観音手にまわる。通りは静かで、思ったより近い、人混みもない。大門を入ると正面に仏殿が見える。左手に行くと楊貴妃観音堂に行く。楊貴妃観音像は楊貴妃を偲んで彫られたもので等身大、容姿端麗。南宋の時期に渡来している。
仏殿,舎利殿も堂々たる風格をしている。観光客が少ないのが何よりである。奥に本坊、霊明殿があり,各部屋とも立派な襖や屏風で仕切られている。

 泉涌寺には塔頭ではないが、別院として真言宗の雲龍院があり、南北朝時代の北朝方天皇の位牌が祀られている。ここには立派な庭があり、悟りの円窓、蓮華の間の四つの障子窓から見ると紅葉や灯篭など異なった景色を見ることができる。
 泉涌寺は静かで何度来ても良い寺である。帰りの新幹線を待つのには最適のお寺だと思う。

雲龍院 悟りの窓 雲龍院 障子から見た庭園
雲龍院 蓮華の間四枚の窓 雲龍院 庭園雲龍院 灯篭 雲龍院 龍華殿

秋の京都 2015年11月19日

源光庵 悟りの窓 源光庵 迷いの窓 
源光庵庭園 源光庵 落葉
 
 京都に来て2日間雨にたたられたが、3日目は良い天気だった。昨晩、「かみや」で聞いた鷹が峯に行くことにした。前は、鷹が峯というのは仁和寺の南側に位置すると勘違いしていた。尾形乾山やその師の野々宮仁清が仁和寺近くに居を構えていたからである。実は金閣寺よりさらに北に上り、山の麓まで登った所に、本阿弥光悦が徳川家康に与えられた土地で、光悦が文化村的な場所として、工芸家や美術家が住まわせていた場所である。この一帯を「鷹が峯」と云う。後に、琳派の尾形光琳もここに居を構えた時期がある。

 ここで紅葉で有名なお寺と云えば、源光庵がある。このお寺はもともと臨済宗のお寺として建てられたが、元禄期に曹洞宗に改まって、再建されている。ここで有名なのは「悟りの窓」と呼ばれる丸窓と「迷いの窓」という角窓が並んでいて、そこから見る紅葉が綺麗なことである。観光客が少なく落ち着いた場所である。
 源光庵からすぐそばに、光悦寺がある。本阿弥光悦が居住地としていた屋敷跡で、光悦没後、日蓮宗光悦寺となっている。邸内にはいくつもの庵があり、それぞれが茶室を持っている。
 なかでも大虚庵茶席は光悦終焉時の茶室で、光悦垣に囲まれている。庭からは鷹峰三山(鷹ヶ峯、鷲ヶ峯、天ヶ峯)を見渡すことができる。静かでお茶会には最適地である。

 光悦寺を出て、次は茶道とはきわめて縁の深い、大徳寺に向かった。バスで行けばすぐに着く。臨済宗の京都五山より格式の高い大徳寺派総本山である。龍源院、興臨院、総見院、芳春院と塔頭をまわった。
 夕方、暗くなったので、北野天満宮の紅葉を見に行く。ライトアップで綺麗ではあるが、少し派手になりすぎたのではと思う。社殿もライトアップされていた。

光悦寺 大虚庵 光悦寺 光悦垣

秋の京都 2015年11月18日

大津の「東横イン京都琵琶湖大津」で一泊して、サービスの簡単な朝食を済ませて、さてどうしようかと考える。
 まず、この東横インの会員になるために手続きを済ませた。会員になると6か月前から予約ができる。一般客は3か月前からで、予約が取りにくくなる。入会時に1000円払えば、宿泊ごとにポイントが付くので、それで回収できる。
 いつも泊まる「卯の花」でも6か月前になるとすぐに予約が取れなくなる。最近は大きなホテルは外人客も含めてパッケージツアーですぐに押さえられてしまう。
 京都は中国人や韓国人の観光客で一杯だ。若いカップルが貸衣装屋で和服を借りて、京都の観光地を闊歩する。最近はまず、大阪に泊まるようだ、そして爆買、京都で遊んで、最後に大阪から帰るらしい。慣れた人だと箱根や静岡に泊まり、富士山を見て、温泉に入る。日光や草津も人気があるらしい。

 さて、二日目も天気はどんよりしている。今日は日吉大社の紅葉を見てそのあと比叡山に登ることにした。京阪電鉄の浜大津から坂本まで行く。着いた頃には雨が降っていた。日吉大社の紅葉も少し早かったようだ。パッとした写真も撮れない。下から見ると比叡山はすっかり雲に覆われていて、多分ロープウエイも動いていないだろうと思い、JR坂本駅まで行って、京都駅まで戻った。

 京都駅からどこに行こうかと考えたが、この雨では行くところもない。そうだ、水族館に行こうと思い立って、バスに乗った。
水族館は結構大きい。これまで、水族館というと、池袋のサンシャインシティしか行ったことが無い。中は随分広くて一人でも面白い。水族館は若いカップルが多い、私みたいにいい年をした、爺さんが一人で見に来るなんてあまりなさそうだ。そういえば息子が結婚する前にサンシャインシティによく行っていた。イルカショーも見て夕方に
北野天満宮に帰った。

秋の京都 2015年11月17日

鶴下絵三十六歌仙和歌巻(本阿弥光悦書・俵屋宗達下絵)
夏秋草図屏風(酒井抱一) 

今年の秋は天候に恵まれず、第1日、第2日と雨にたたられた。
 東京で新幹線に乗るときはまだ雨は降っていなかったが、京都に着いた時にはすっかり雨。まず駅地下街で傘を買って、京都国立博物館に行った。琳派誕生四00年記念特別展覧会「琳派 京を彩る」をやっていた。雨の日だったからかもしれないが、ずいぶん混んでいた。旅行客ではなく、地元の皆さんが多かったと思う。

 琳派というのは狩野派のように代々伝承してきたわけではなく江戸初期、中期、後期の日本画や屏風、工芸、書に優れた尾形光琳を代表とする人たちの集まりである。江戸初期の俵屋宗達、本阿弥光悦、中期の尾形光琳、尾形乾山、後期の酒井抱一、鈴木其一などである。時代順に展示されているのか、最初に展示されていたのが、本阿弥光悦である。うかつにも本阿弥光悦がどのような人かを良く知らなかった。最初にびっくりしたのは、光悦の書状である。書があまりにも美しい。そして、日本刀や工芸品、絵画などが並んでいる。光悦の名は有名だが、どのような作品があるかが分らないのはあまりにも多方面にわたるマルチアーティストだったからであろう。光悦は刀剣の鑑定、研磨を生業とする家に生まれている。また、小堀遠州との知己もあり、茶人および陶芸家でもある。漆芸や絵画、金工にも優れた作品があるが、書家としては「寛永の三筆」の一人に挙げられている。びっくりするほどの達筆なのもうなずける。印象的なのは俵屋宗達が絵を描き、光悦が歌を書いた「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」である。光悦はその多才ぶりを徳川家康から大いに評価され、鷹が峯に9万坪の土地を与えられている。そこに芸術村を築いたとされている。

 俵屋宗達と云えば「風神雷神図屏風」であまりにも有名である。尾形光琳、酒井抱一も「風神雷神図屏風」を描いている。比べて見ると、時代の流れがわかる。
 琳派という名は尾形光琳の一字を取って、そう呼ばれるようになったのだが、屏風絵、漆芸に優れており、尾形光琳の名前は日本人なら誰でも知っている。弟の尾形乾山は陶芸を野々村仁清の手ほどきを受け、優れた作品を残している。京焼は陶器に色絵付けを行ったもので、仁清、乾山の壺といえば、重文級の作品を数多く残している。
 江戸後期の代表が酒井抱一と鈴木其一である。やはり、琳派の流れを受け継ぎ、屏風絵や漆芸に代表的な作品がある。

 帰りは京都駅に行くのに、八坂神社の前を通ってきたバスは混んでいて、通過してしまう。おまけに、前が三十三間堂で長い列をなす。雨の中をバスに乗るのに随分待たされた。夜は市川君といつもの「がんこ」で食事をした。

風神雷神図屏風(俵屋宗達)
風神雷神図屏風(尾形光琳)
風神雷神図屏風(酒井抱一)