

奈良、京都の旅の最後の日である。16時5分京都駅発の「ぷらっとこだま」の指定席を予約していた。この列車に乗らないと、9800円がおじゃんになる。
今回も余裕5分程度でなんとか乗れたが、もう少し余裕を持って駅に着くようにしたいと思う。帰りの列車は禁煙車でゆったりとした時間を過ごせた。我孫子に着いたのが夜の9時頃で、いつものスナックでカラオケを歌って帰った。この5日間、ほとんどしゃべっていないので、いつもの歌もよく歌えない。ママさんが、よく5日間も一人で過ごせるねと感心していた。歩行数は98000歩であった。一日平均で約2万歩を歩いた計算になる。
朝はホテルでバイキングを食べる。3食のうち最もカロリーの多い食事が朝食だから、身体の調子も極めて良い。
京都駅からバスで東大路を通って、南禅寺永観堂道で降りると徒歩3分で永観堂の総門に入る。境内に入ると、白壁の上から真っ赤な紅葉が一面に燃えている。これを見ただけで、このお寺が京都の代表的な紅葉の名所であることがわかる。
永観堂って云っても、知らない人も多いかもしれない。隣の南禅寺の塔頭の一つと思う人もいるだろう。紅葉の時期だけ、ライトアップするので有名になるのだ。正式名称は「聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺」と云い、法然を宗祖とする浄土宗西山禅林寺派の総本山になっている。法然が浄土宗を開いたのは鎌倉初期なのだが、このお寺は平安初期に清和天皇の勅願によって真言宗のお寺として創建されている。その後、中興の祖、永観律師(ようかんりっし)の時代に大いに栄え、この律師の名をとって、永観堂と呼ばれるようになった。本尊は阿弥陀如来だが、こちらの阿弥陀様は横を向いておられる。伝説では、もともと、この阿弥陀様は東大寺の宝蔵に収められていた秘仏であったが、永観律師が当時の白河法皇のゆるしを得て、禅林寺、本堂に祀るようになった。あるとき、律師が行道を行っていたとき、突然、阿弥陀様が律師の前に立たれて、先導され、律師の方を振り返り、「永観おそし」と声をかけられたという。このお姿を後世に残すためにここの横を向いて、人々を導

くお姿の「みかえり阿弥陀」像が造られたとされている。確かに、平安末期作風のやさしいお顔の阿弥陀様である。
中門前で拝観券を買って、中に入ると、坂に沿って、堂宇が建っており、いたる所が紅葉の赤や黄色に囲まれている。阿弥陀堂からさらに上って、多宝塔に到るが、ここからの京都市内を見下ろす景色がすばらしい。北山から嵐山方面の山々が紅葉で彩られているのがよくわかる。昨日、大河内山荘から眺めた景色を逆の方向から見たようである。
多宝塔を下りて、庭に降り、放生池の周りを歩くと池に映る紅葉も綺麗だ。すぐそばに、苔庭があり、一面を銀杏の葉が覆い尽くし、その上に楓の赤い葉が、陽に耀く様は、まさに写真に撮らずには済まされない光景である。
永観堂から南禅寺はすぐそばになる。南禅寺は過去に何度も来ているが、印象に残るのは石川五右衛門の「絶景かな絶景かな・・・」で有名な山門で、その大きさである。二階の欄干から大勢の人たちがその絶景を望んでいた。 ここはもともと禅林寺すなわち永観堂の境内で、後嵯峨天皇が離宮を造られ、そのうち、「上の御所」と呼ばれる持仏堂が「南禅院」と呼ばれるようになった。現在の南禅寺が建立されたのは、その30年後、亀山法皇の時代で、臨済宗南禅寺派の総本山となっている。南禅院は現在、南禅寺の塔頭の一つになっているが、歴史的にはこちらの方が古いのだ。
南禅寺は紅葉の名所としてよりも桜の名所、蹴上から、哲学の道にいたる中間地点で琵琶湖疏水が流れる水道(水路閣)の方が若い人たちには有名なのかもしれない。蹴上のトロッコ道(船を乗せる台車用線路)や旧京都市電用の発電所は、昔、私が大阪に赴任していた頃、部下の皆さんを連れてきたことがあるが、花見の出発点としては絶好の場所だと思う。一方、南禅院の紅葉は、永観堂の続きを見るようで、水面に映えて美しい。歴史的に見ても、つながりがあったとは、後で感心したことである。
南禅寺から次は高台寺に行こうと、バス停を探したが、見つからない。ウォーキングナビで、探しても、遠回りの道になってしまう。まあいいやと思って歩いていると私より年配のご夫婦に道を聞かれたので、一緒に行くことにした。動物園のそばの景色の綺麗な水路脇を通って、南の方向に歩いた。私はまだ食事前だったので、三条神宮道の交差点の近くでお二人と別れた。食事後、青蓮院、知恩院の横を通って、高台寺にたどり着いた。
高台寺は豊臣秀吉の正妻ねねの寺として知られる。1598年、秀吉が没したのち、正妻ねねは落飾し、高台院と称するようになった。関ヶ原の戦いにおいて、淀殿と豊臣秀頼が石田三成の西軍に対して味方した(応援した)のに対し、豊臣の生きる道は徳川政権のもとでの安泰しかないと信じた高台院は、甥の小早川秀秋に東軍に着くように説諭し、合戦は小早川軍の寝返りによって勝敗が決した。子供の頃からねねに可愛いがられた加藤清正や福島正則らが東軍に属したのも高台院の影響と云われている。
高台寺は1606年に豊臣秀吉の菩提を弔うため、北政所(高台院)が建立したお寺である。寛永元年(1624)に建仁寺から三江和尚を開山として迎え、高台寺と号した。この時の造営のため、徳川家康は多大の経済的援助を行い、壮大な寺院となっている。高台院は同じ年に没しており、高台寺は豊臣秀吉と高台院を祀る臨済宗建仁寺派の寺院となった。以後、数々の堂宇が焼失し、現在に至っているが、現在でも小堀遠州作とされる庭園は桜や萩の名所となり、紅葉も美しい。霊屋(おたまや)には秀吉とねねの木造が置かれている。
高台寺を3時頃に切り上げ、早めにホテルに戻り、預けた荷物を取って、新幹線ホームに行こうと思い、バス停に急いだ。バスは清水道に着いていて、あわてて乗り込んだ。充分に間に合うかと思いきや、道が混んでいて、なかなか京都駅に着かない。いらいらしながら、こだまの発車時刻約20分前に駅に着いた。大急ぎでホテルにもどり、荷物を取って、新幹線ホームに着いたのが発車5分前、「ぷらっとこだま」に付いている飲み物をもらい、弁当は車内で買った。ウォーキングナビでを見てみたが、ウォーキングモードではなく、カーナビモードになっていた。南禅寺から高台寺への道が、大通りをを通るようになっていた原因がわかった。カーナビモードで見ていると、新幹線沿線の風景や建物が何なのかよくわかる。これもポケットカーナビの一つの機能として面白い。
奈良の紅葉の名所というのは、昨日と一昨日に行った奈良公園や長谷寺、談山神社、それに室生寺が代表的な場所である。次が浄瑠璃寺と岩船寺になる。この二つのお寺は、京都府の木津川市、昔の山城国に位置している。JR奈良駅からは浄瑠璃寺行きのバスがあって、30分程で行ける。1時間毎に出ていて、浄瑠璃寺に着いて、2分後に岩船寺に行くバスが発車する。バスの中で聞いていると、まず岩船寺に行って、徒歩で浄瑠璃寺に戻った方が、下り坂で楽に石仏を見ながら鄙びた道を歩けると言っていた。私は歩くほどの時間が無いので、まず浄瑠璃寺を観ることにした。この寺の阿弥陀堂は有名で蕎麦店「雄町」の店内にも浄瑠璃寺の写真が飾ってあった。
これまで奈良で観た広大なお寺に比べると、両寺とも小振りで山里に隠れるようにあるためか、戦火にもあわず、ひっそりと建っていた。どちらも、真言律宗で西大寺の末寺にあたる。真言宗と律宗の教義を兼ね備えているようである。
浄瑠璃寺には薬師如来、阿弥陀如来、大日如来が東西北に祀られている。九体の阿弥陀如来と阿弥陀堂、薬師如来が祀られている三重の塔は国宝に指定されている。阿弥陀如来は九品仏で阿弥陀堂が彼岸、池を挟んで東側が此岸になる。このように書くと、宇治平等院を連想してしまうけれど、阿弥陀信仰は同じとしても、平等院はどの宗派にも属していないとのことである。
阿弥陀堂と三重塔は藤原時代の建築物で、この時代の建物が現存して国宝に指定されているのは極めて珍しい。此岸から彼岸を見た景色は阿弥陀堂が紅葉とともに池に映って美しい。このお堂の中に上品上生から下品下生までの九つの如来が祀られているのだ。
岩船寺は本堂に阿弥陀如来坐像が祀られている。歴史的には岩船寺が最も古く、次に浄瑠璃寺、平等院の順となる。ここの三重塔も本堂と池を隔てて美しい朱色を映している。各階の垂木には隅鬼(天邪鬼)の木彫が彫られていて、ユーモラスな表情を見せている。岩船寺のパンフレットでは天平元年の建立で、最盛期には大伽藍をなしていたが、承久の乱(1212年)に兵火にあってほとんどを失ったとある。
岩船寺からのバスは関西本線の加茂駅まで行くのと、浄瑠璃寺へ引き返す二通りのコースがあるが、待ち時間を考え、加茂から電車で奈良駅に行った。奈良駅で降りてホテルに立ち寄り、預けていた大きなリュックを背負って「雄町」で昼食にした。
ホテルで朝食を済ませて、デイバッグを背負い、JRで桜井まで行った。今日は長谷寺と室生寺、談山神社と廻る予定である。昨日まで多武峰(とうのみね)までしか行かなかったバスが、今日から談山神社まで行くようになり、バスの本数が多くなっている。バスがすぐ出るので、まず談山神社の紅葉を観ることにした。長谷寺と談山神社は昨年4月に桜を観るために訪れている。ブログには書いていないが、桜も綺麗である。
この神社は大化の改新で中大兄皇子と中臣鎌足が、当時の権力者で天皇家を脅かすほどになった、蘇我入鹿を討ち取るために談合した場所として知られている。神社の名の由来はこの談合した場所(山)という意味から来ている。祭神はこの中臣鎌足、すなわち藤原氏の祖、藤原鎌足である。拝殿の中には、「多武峯縁起絵巻」の写本があり、日本史の教科書にも載っている大化の改新の絵で、板蓋宮(いたぶきのみや)での入鹿の首が刎ねられているシーンを見ることができる。
有名な十三重の塔も紅葉の中に凛として建ち、朱色が映えていた。今晩、また寄ろうと思っていた「雄町」へのお土産に地元産の奈良漬けを買ったが、この重さでデイバックが肩に食込んだ。
バスで桜井駅に戻る途中、いつも気になるのが聖林寺である。ここにはフェノロサや和辻哲朗が絶賛している国宝、十一面観音立像がある。次に奈良に来たときに立ち寄りたい場所である。
桜井駅から近鉄で長谷寺駅まで行って、約20分ほどで長谷寺へ着く。この歩く距離が結構長く感じる。桜や紅葉も良いが、最も賑わうのが、ボタンの時期、4月末から5月初めの頃である。他の時期でも、いろんな花が咲き、「花のお寺」として有名である。昔、大阪に赴任していたとき、石楠花を見るために、榛原の駅から山越えで室生寺に行ったが、そのあと満員のバスに乗って長谷寺へ行った。ボタンの花に沿っている登廊は身動きできないほどの混雑ぶりであった。
去年の春の桜も良かったが、紅葉も綺麗だ。冬牡丹も咲き始めていた。特別拝観でお守りと五色線を頂き、10mを超える十一面観世音菩薩立像の御御足を撫でさせてもらった。長谷寺の五重の塔も桜の季節とはまた違う鮮やかさである。
長谷寺から室生寺に行く予定であったが、直通バスは土日しか運行していない。一旦駅に戻って、次の榛原で電車を乗り継ぎ、さらにバスで行かねばならない。晩秋の日は短い。あきらめて、奈良駅まで戻った。
ホテルで少し休んで、「雄町」で夕食を頂いた。昨日のお客さんはいらっしゃらなかったので、女将さんと会話をしながら、雄町酒の利き酒セットを飲み、一時の安らぎを味わった。女将さんは春に会ったときよりウンと美人で若い。本当にゆっくりとくつろげる場所である。最後は「卵かけ御飯」でお腹を満たした。一人旅の良さを満喫した一日であった。

ここ数年、京都、奈良にはたびたび行っている。昨年は冬と春、今年は春の花見時期にも訪れている。きっかけは大学を卒業して入った会社の友人、O君の誘いで、3年前の2月に伊勢神宮に行ったついでに京都に立ち寄ったのが始まりになる。定年まで勤めた会社の仕事で京都に立ち寄ることはあっても、観光のための旅行はほとんどしていなかった。
これまで、秋の京都を観たことがなかった。京都は花の名所であると同時に紅葉の名所でもある。紅葉の時期の京都の方が混雑するとは聞いていたが、今回の経験でそれを初めて実感した。まず、宿が取れない。 9月に、春に泊ったビジネスホテルを検索してみたが、11月半ばは全く部屋が取れない。何とか、11月末の紅葉の終わりの時期に取れた。幸いにも今年は紅葉の時期が遅くなり、丁度、紅葉最盛期になってくれた。春は3泊4日であったが、晩秋の日の短い時期なので、4泊5日のスケジュールにして、春と同じく、まず奈良に行って2泊し、京都で2泊することにした。ホテル料金は奈良は通常通りだが、京都は5割増しの料金になっている。新幹線は春と同じ「ぷらっとこだま」を利用した。これも早めに購入すべきであった。なんとか、希望の列車には乗れたが、喫煙席しかあいていなかった。「ぷらっとこだま」のキップは数に制限があって、希望の指定席車両が空いていても取れなくなる。実際にこだまの指定席は半分以上あいていた。私が乗ったのは喫煙車だったがタバコを吸っている人は一人もいない。禁煙車なのかしらと思っていたが、京都に着く頃に、すぐ近くの女性がタバコを取り出したので、「あれ!」と思った。喫煙席の車両は煙が濛々としているという私のイメージが間違っていたのである。みんな遠慮しているのだ。あまり、禁煙車にこだわることもないと思った。
京都からみやこ路快速で奈良まで行き、駅前の温泉つきスーパーホテルに荷物を預け、奈良公園に向った。私の荷物や服装はほとんど登山と同じスタイルである。大きなザックに小さなデイバッグを入れ、その中にカメラバックを入れている。奈良公園にはカメラバックに一眼レフとコンデジを入れて出かけた。この日は晴天で、夕方も暗くなるのが遅く、東大寺大仏殿の閉門ぎりぎりに入った。奈良公園の紅葉もきれいである。日曜日だったので観光客も多かった。日曜日に出発したのは、宿の関係もあったが、春に親しくなった駅前のお蕎麦屋さん「雄町」で二晩の食事にしたかったからである。火曜日の夜はお休みでやっていない。ホテルにチェックインしたあと、6時頃、「雄町」に入った。店内に入ったら、若い女将さんが、半年も前に会っただけの私を一目見ただけで認知してくれて、まさにいつも来ているお馴染みさんと同じ扱いをしてくれたのである。すでにカウンター席に私と同じくらいの年輩のお客さんがいて、そのかたともすぐに親しくなった。寄席に行っての帰りで、落語の話で花が咲いたが、そのお客さんの口の滑らかさが咄家並みで軽妙である。厭きる事もなく、楽しい夜を過ごした。
お酒は雄町米のお酒の「利き酒セット」が美味しい。蕎麦屋でおまかせで飲むというのは、東京でもよくやっているが、江戸っ子らしい気分に浸ることが出来た。