「フラガール」

 土曜日の夜、テレビで「フラガール」を放映した。地デジでは初めてだと言っていた。丁度NOVAの送別会で見れないので録画しておいた。昨年10月に映画を見て感動したので、DVDが欲しいところであった。
 ストーリーは常磐ハワイアンセンターが設立されるときの実話をもとにしている。昭和40年の話であるが、エネルギーが石炭から石油にかわり炭鉱が閉山の危機にあえいでいた。昭和30年代の初期は黒いダイヤと呼ばれるほど石炭産業は全盛を極めていた。工業化の波でエネルギー源として石炭は最も重要とされていたのである。ところが、蒸気機関車からディーゼルカーや電車の時代になり、さらに鉄道から自動車の時代に変わるにつれ、石炭が石油に取って代わられるようになった。

 常磐炭鉱は現在の福島県いわき市に存在する全国的にも有名な炭鉱であった。首都圏にも近く多くの炭鉱夫を抱えていたが、時代の流れには勝てず閉鎖の危機にさらされていた。少しでも多くの従業員を救うための一つの案として、一大プロジェクトが進められていた。それが常夏の楽園、ハワイをテーマとしたレジャーランドの設立である。従業員は炭鉱の従業員とその家族から採用しようというものだった。幸いにも、炭鉱としては弊害となっていた地下から湧き出す温水が豊富にある。それを利用して、温泉を中心とした、椰子の木などの熱帯植物の生育が可能なレジャー施設、すなわち常磐ハワイアンセンターの設立であった。

 レジャーランドとしてはただ単に温泉や熱帯植物園では物足りない。そこで、ハワイをイメージした常磐ハワイアンセンターの目玉として考えられたのが、フラを中心としたハワイアンダンスショーだったのである。
当時、フラダンスを日本人がやるというのはかなりの抵抗があった。しかも、ダンサーは常磐炭鉱の従業員の娘たちでなければならない。これがこの映画を面白くしているところであるが、実際にあった話である。

 東京から一人の女性がハワイアンダンスを教育するために招聘された。もとSKD(松竹歌劇団)でダンサーとして活躍していた平山まどかさん(実在:映画では松雪泰子が好演)である。
 まずダンサー候補生の募集から始まり、基礎からの訓練、合宿生活と厳しい練習が始まった。炭住(炭鉱住宅)に住む親たちからの反対、成果が見え始めてからの協力のもとで生徒たちは着実に成長していく。
そして、ハワイアンセンターのオープンを向かえ、大成功のもとにこのプロジェクトは完了する。

 映画のシーンでの圧巻は最後のセンターオープン時のフラガールたちのすばらしいハワイアンショウのシーンである。主役の蒼井優の熱演である。よくぞあそこまですごい踊りができたものだと思うほどであった。フラでもいきなり後ろに倒れ、しばらくしてむくむくと手もつかずに起きてくる技術は高等技術だ。どのダンサーも若いとは言え、腰の動きがすばらしい。衣装も通常のフラとは違い、タヒチアンダンスが中心となっていて、動きの速い、きらびやかな踊りとなっている。

 私が最初に常磐ハワイアンセンターでハワイアンダンスを観たのは昭和41年の秋である。大学を卒業して就職した会社の最初の職場旅行だった。常磐ハワイアンセンターが設立後間もない頃である。確かに炭鉱夫の娘たちがフラダンスを踊るというのが売り文句だったことを記憶している。映画に出てくるぼた山や炭住は私が育った佐賀県でも小さい頃はたくさんあった。ぼた山は今は緑に覆われ、すっかりその面影はなくなっている。

 この常磐ハワイアンセンター、現在では大きな宿泊施設もできて名称もスパリゾートハワイアンズに変わってはいるがこの5~6年でも何度か宿泊している。去年、今年は混んでいるかもしれないが、また行ってみたくなった