2026年冬季オリンピック

2026ミラノ・コルティナオリンピックのスキー会場

 今年の冬季オリンピックはイタリアのミラノとコルティナを中心拠点として開催されました。日本では冬季オリンピックは札幌と長野で開かれています。
 札幌は1972年に第11回冬季オリンピック大会が開催され、アジアでは初めてとなる開催でした。1964年に開催された東京オリンピックに次いで、二度目のオリンピックだったのです。

 私が大学を卒業したのが1966年ですから、大学に在学中に東京オリンピックが開かれ、テレビが普及し始めたころです。札幌オリンピックの頃には一般的な家庭にもはテレビがあり、スキーやスピードスケートの競技を見ることができるようになりました。もっとも、その頃はブラウン管の白黒テレビでした。
 次に開催されたオリンピックは1998年の長野オリンピックです。実は私にとって最も思い出深いのが、長野オリンピックです。
 長野オリンピックが開かれている頃は、私も定年になる前の最も忙しいときでした。まだサプライチェーンという言葉が出てくる前でしたが、そのシステムアルゴリズムを完成させて、コンピュータ・ロジックを作成しながら、会社のテレビで日本が得意とするジャンプ競技を見ていました。団体戦で日本は日の丸飛行隊と呼ばれて、原田・舟木・岡部らが金メダルを勝ち取ったシーンを思い出します。スキー場も猛吹雪で中断することもしばしばでしたが、この年は東京でも雪がよく降り積もり、近くのホテルに泊まりながら、仕事をしたことを思い出します。
 長野の次に日本で開かれたオリンピックは2021年に開催された東京オリンピック2020です。本来2020年に開かれる予定でしたが、コロナの世界的な蔓延で、一年遅れて開催されたのです。その次の2024年に夏季オリンピックはバリで開催されました。

黒皮の手帖 (拐帯行)

以前に松本清張原作の「黒川の手帖」、武井咲主演版についてブログに書きましたが、その前の米倉涼子版で続編がドラマ化されたので、同じように武井咲主演の続編がドラマ化されることを期待していました。それが、「黒革の手帳」(拐帯行)として放映されました。
「黒皮の手帖」本編で、主役の原口元子が検察から恐喝・横領罪で逮捕されるところで終わったのですが、「拐帯行」では3年の刑期を終えて、スーパーのパートとして働き始めるところからスタートします。
マスクをして、人目につかないようにしますが、楢林クリニックの看護師長、中岡市子に見つかってしまいます。
元、銀座のクラブのママをやっていたわけで、その美貌は隠し切れないことがわかって、どこか遠いところへ行こうと決めた所が、金沢です。
ただ、金沢に行ってもビルメンテナンスの仕事中に『上星ゼミナール』理事長、橋田常雄に見つかってしまいます。橋田からは銀座でしつこくからまれていたのですが、彼も金沢の経営者、神代グループのCEO、神代周吾にアプローチしていたのです。橋田から神代を紹介されて、元子は神代配下の高級クラブ『アルテローズ』に入ります。そしてその美貌はたちまち評判となり、神代の引きもあって、数か月でそのクラブのママになってしまいます。

このドラマで登場する、もう一人のキーパーソンが、森村隆志です。森村の父が経営する喫茶店が神代に潰され、母も危篤で間もなくなくなります。
森村は神代グループの得意先名簿をパソコンから盗み出しますが、売っても大した金にならず、元子の店で、最も高い酒をくれと言うのですが、元子から「その程度の金では神代はビクともしない」と言われます。そこからは元子と森村がタッグを組んで、神代の愛人を騙して、料亭に連れ出し、その店のオーナーに元子がなりすまし、森村が不動産屋に扮して、3億円で売りたいと話しかける。その愛人は神代にそのお金を払ってほしいとねだり、神代は税金対策と称して額縁の裏に隠していた3億円を愛人に渡します。
騙し取った3億円をスーツケースに入れて元子がクラブに戻ったところを、橋田が来てそれを奪い取ろうとしますが、森村が橋田を花瓶(?)で殴り、元子と一緒に海辺の旅館に逃げます。 夕日の沈む海辺で、森村と元子は仲良く散歩する佐藤夫妻と逢って、夕食を共にするまで仲良くなります。
旅館に戻った森村は新聞で橋田が殺されたことを知り、自分が殺人犯だと思い込みます。翌朝、警察が、旅館に来たのを知った、森村は、元子と一緒に旅館の崖に面したテラスに逃げて、一緒にそこから身を投げて死のうと云いますが、元子は「死ぬのはいつでもできる。でも、死んだらそれで終わりよ」と諭され、一緒に玄関まで行くのですが、警察に捕まったのは佐藤夫妻であった。
佐藤夫妻も息子の医大受験で、橋田に800万円を騙し取られていたのです。佐藤が橋田に、それを返してくれとつめ寄った弾みに、ビール瓶で殴りつけ、それが死因となったのでした。

新型コロナ感染症の4年間

    日本で最初に新型コロナウイルス患者が発見されたのは、2020年1月16日に武漢から帰国した、神奈川県在住の日本人であった。
     新聞などで騒がれだしたのは、2020年2月3日に横浜港に帰国した11万5000トン、3800人乗りの豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」に風邪に似たコロナ感染症の蔓延を発見した1月末のことである。

    この感染症は高齢者の罹患率が高く、重症化しやすく、人口心肺装置を使わなければ、死に至る病であることと、感染しやすいことで、一刻も早く、設備の整った大病院で隔離しなければならない点にある。
    この感染症は2019年末に中国の武漢で発見され、武漢市全体が封鎖されるほど患者が増加し、世界保健機関(WHO)が緊急事態宣言を発令していた。日本でも「ダイヤモンド・プリンセス」の事件を知って対策本部が設置された。
  「ダイヤモンド・プリンセス」には一人の中国人が香港から乗船したことも明らかになった。

    WHOではこの新型コロナ感染症を「COVID-19」と命名し、世界的な流行に対処することを感染者の発生した各国に通告した。
  日本でも、2月半ばに屋形船での新年会や病院内で集団感染(クラスター)が発生した。問題は、感染の速さや、死者の多さで、人工心肺装置のような高度医療体制の整った病院とその保有するベッド数では足りなくなることであった。
  3月になると、小中学校が早い春休みにはいり、WHOも「パンデミック」(世界的大流行)宣言を発した。
  この年は2回目の東京オリンピックが予定されており、全国民が期待していたが3月24日には延期が決定された。

    4月になると患者が急増し、中旬には新規患者数が708人に達した。これが新型コロナウィルス感染症第1波のピークになった。この時点で、政府の緊急事態宣言が全国に発令され、不要不急の外出や、宴会やパーティは禁止されるようになった。
  会社員はできるだけ、自分の家の中でパソコンを使って仕事をするようにし、会議も画面に向かってリモートで会議することが奨励されるようになった。
  5月に入ると大型連休も手伝って、繁華街は閑散となり、6月中旬まで新規感染者数も減少していった。
  しかし、6月下旬頃から、繁華街やリゾート地などで、患者が増え始め、7月に入って、8月になるまで患者数が急増、第一波を超える1600人にもなった。これが新型コロナウィルス感染症第2波となったのである。
  この年は、10月頃まで減少傾向になったが、その後またもや、増加に転じて2021年1月8日に8050人のピークに達した。これが新型コロナウィルス感染症第3波である。ここで、政府は第2回目の緊急事態宣言をだした。

    この長かった、ウイルス禍の一年が過ぎて、2月になって、ようやく米ファイザー社によってワクチンが開発されたのである。3月に医療関係者からワクチン接種が開始され、4月に我々一般人もワクチンの恩恵に預かるようになった。
  東京オリンピックはこの年、2021年7月23日に開催され無観客の開会式になった。
    2020年1月から2023年1月までの3年間に新型コロナウィルス自体も変異し、最初の武漢・欧州型から、アルファ株、デルタ株、オミクロン株となっており、新規感染者数は第8波まで、増減を繰り返し、1日で最大26万人(第7波)になった。重傷者数や高齢者の死亡率も減じていった。

    2023年になると、新型コロナウィルスも普通のインフルエンザと同じ扱いになり、第5類感染症といわれるようになったのである。
  新型コロナウィルスという名前はなくなったが、インフルエンザは残っている。実態は同じと思った方が良い。今でも多くの人がマスクをかけている。

← 戻る

ご回答をありがとうございました。 ✨

久しぶりの大阪・京都      

葵祭り令和元年斎王代

 一昨年秋に京都・奈良を旅して以来、久しぶりの関西旅行になる。
 今年は1月頃、桜の時期に行くつもりで予約していたが、春は海外からの観光客で混むので、新緑の季節、五月の葵祭の時期にした。
 京都は何度も行っているのに、葵祭りを見るのは初めてである。
 さらに、いつもの奈良も興福寺の中金堂の再建後の姿を見たかったが、それをやめて、大阪に宿泊することにした。大阪で是非とも行ってみたい場所があったし、友達にも会いたかった。
 大阪のホテルは「スーパーホテルPremier大阪・本町」にした。昔、私が単身赴任で勤務していた、信濃橋ビルのすぐ近くである。今は、IBMの大阪事業所は中之島に移っているそうだ。
 いつもは、「プラットこだま」でゆっくり本を読みながらであったが、今回は「のぞみ」にした。あっという間に着いて、本を読む暇もないくらいである。
 3時過ぎにホテルに着いたので、ゆっくりお風呂に入り、昔、同じ部署にいたTちゃんを待った。大阪は狭いので、簡単に来れるようである。二人分の夕食を予約していた、その「京町料理みつや」も靭公園のすぐそばで、着くのが早すぎて、公園のベンチで昔話に耽けった。大阪で暮らしたのは二年間、もう30年にもなる。
 予約したお店には「醸し人九平治」や「磯自慢」も置いてあるが、取り寄せると云ってくれたので、「風の森」を頼んでおいた。カウンター席でずいぶん飲んだ。

阿部野神社
 ホテルから四ッ橋線で大国町、御堂筋線で動物園前、阪堺線で天神ノ森というルートで阿部野神社に行った。
 この神社は北畠親房と北畠顕家を祀っている。この近くの住所も「北畠」という。この神社は吉川英治の「私本太平記」を読んで以来知っていたが、数年前に北方謙三著「破軍の星」を読み、主人公である北畠顕家のファンになってしまった。以来、是非とも一度はお参りしたい神社になった。
 この地は北畠顕家が足利尊氏方の高師直率いる八万の軍に向かって、わずか80騎で突進し、21歳の若さで討ち死にした場所である。
 この神社は本殿が修復中だった。お参りをして、御朱印をいただいて引き返した。さすがにここには観光客も少なく静かだった。この後、大学の同級生のOさんと昼食をとる約束になっているが、Oさんご家族が氏子として、多くの鳥居や灯明、玉垣にもそのお名前が刻されていた。
 昼食は二人で、心斎橋にある蕎麦店でお酒を飲みながら、語り合い、二人とも飲みすぎてしまった。

阿部野神社正門 阿部野神社本殿

葵祭り
 10時前に宿を出て、下賀茂神社に10時半頃に着いた。JTBで観覧席を確保していた。11時に着席して、行列を待った。後ろから2番目の席で写真を撮りにくそうだったが、結局立って撮ることができた。
 この葵祭は平安初期に始まった上賀茂神社と下鴨神社の例祭で、加茂祭とも云う。宮中から派遣された勅使が参宮した祭りに始まっている。『源氏物語』や『枕草子』にも登場する。この祭りは承久の変で廃止されたが、徳川になって元禄の時期に復活し、現在に至っている。
 伊勢神宮の斎宮として現在、紀宮清子(のりのみやさやこ=黒田清子)様が祭主を務めておられるが、賀茂神社の斎院は葵祭りのときだけ、民間の20代の未婚の女性が斎王代となり、祭祀を執り行う。
 民間と云っても、京都ゆかりの名家の令嬢が斎王代に選ばれている。今年は令和元年にあたるが、村田製作所勤務の負野李花(おうのりか)さん(23)、香木店「負野薫玉堂(くんぎょくどう)」社長の次女が選ばれた。
 伊勢神宮では斎宮と呼び、賀茂神社では斎院と云うが、ともに斎王と称し、昔は内親王など皇室ゆかりの女性に限られていた。
 この行列は御所を出発し、下鴨神社を通り、上賀茂神社まで平安朝の衣装、束帯や直衣姿で徒歩や馬に乗り、斎王代は十二単衣で輿に乗って巡行する。
 全員が通り過ぎるまで約一時間程かかった。

葵祭本列 葵祭巡行葵祭り令和元年斎王代 斎王代列女官

京都の寺社巡り
 桜や紅葉の時期に来るので、その名所が多いが今回は、新緑のシーズンで、有名な所は修学旅行の中学生で賑わっていた。私はいつものように行き当たりばったりである。
 京都新聞に仁和寺観音堂の修復が完了したので、特別記念公開しているという記事が出ていたので、仁和寺に出かけた。十一面千手観音菩薩と脇侍、28部衆、その前に風神、雷神像が鎮座していた。特別公開の目玉は、観音障壁画と、地獄絵図とのことである。
 その他、京都守護本陣のあった金戒光明寺、知恩院の隣の青蓮院門跡、修学旅行で学生の多い三十三間堂(蓮華王院)と廻った。三十三間堂は平家物語でも高名な後白河上皇が建立した法住寺殿の一郭にあった蓮華王院本堂である。当時は、五重塔もそびえていた本格的な寺院であったが、この本堂を除いて、すべて焼失している。
 この三十三間堂の中には、本尊である千手観音菩薩坐像と1001駆の千手観音立像、28部衆立像、風神・雷神像が国宝に指定されている。1001体の千手観音立像がすべて揃っているのは、2018年に国宝指定になってからで、その前は、いつも、数体は他の場所で展示されていたようである。

仁和寺観音堂 観音堂内の仏像仁和寺白書院 仁和寺金堂金戒光明寺 青蓮院門跡青蓮院庭園 青蓮院襖絵

日展2018

 今年は、夕方に食事の約束をしていたので、日展は早めに切り上げた。
 実は新しい靴を履いてきたので、足にまめができそうだ。洋画、日本画はすべて見たのだが、工芸と彫刻はほとんど見ずに済ませた。
 上の絵画で、どれが日本画かわかるとしたらすごいと思う。一番下は日本画である。鮭の絵は日本画である。魚の下の新聞紙の文字が一字一字、克明に描いてあり、何と書いてあるかが良くわかる。写実絵画が日本画にまで影響している。


ホキ美術館、写実絵画の世界

 毎年、日展には見に行っているが、展示作品の中でも、楽しみにしているのは質感が緻密に描写された絵画である。洋画に多いが、日本画の中にもそのような作品を見かけることがある。
 気に入った作品は写真に撮影しているし、このブログにも公開している。質感が繊細に表現された作品は写実絵画に多く見られる。
 最近、フェルメールの作品がリアリズム作品の代表みたいに扱われているが、ダ・ヴィンチの「モナリザ」や「最後の晩餐」などの作品もリアリズム絵画と言われる。 近世ではダヴィドの「ナポレオンの戴冠式」(1807年)が有名である。日本の画家でも高橋由一や黒田清輝が1800年代後半に登場する。

 10月の半ばに千葉市にあるホキ美術館に行った。テレビで写実絵画の紹介があって、是非とも見てみたかった。
 ホキ美術館には外房線の土気駅で降り、あすみが丘東4丁目までバスを使う。
 館内は静かで、ほとんどが写実絵画で占められている。当館は約500点の作品を所蔵しているそうだが、展示されているのは約150点であった。
 私が訪れた時の特集は「画家の眼がとらえた美」で、特集によって展示を入れ替えているそうだ。実際の絵画はYouTubeの画像を見ていただければわかるが、写真と何が違うかというと、やはり、質感である。例えば、当館第一号の作品である森本草介氏による「横になるポーズ」は日展で良く見るような質感の強調ではなく、まさに眼でみるような柔らかさや、美しさが一目でわかる。この美術館の絵を見る前は、もっと強調された質感の作品ばかりかと思ったが、そうではなかった。勿論、画家や作品によっても異なるが、風景画でも、精緻な描写である。さらに綿密に描かれている静物画、1年に数点しか描けないということがよく理解できる。

 ほとんどの作品はガラスで覆われていて、写真に撮れないのが残念である。ただ、写真に撮れたとしても、瞬間的にその質感が消え失せてしまう。やはり実物で見るに限る。別冊「太陽」からも「写実絵画の新世紀」が発売されているが、同じことが云える。ガラスで覆われることによる、質感の薄らぎももったいない。
 「まるで写真みたい」という表現も写実絵画の本質を理解していないのではないかと思う。写実絵画と云っても、すべての眼に見えるものを描いているのではなく、無駄なものは捨象し、画家の描きたいと思う美のみを描いているのである。
 平日の静かな館内でゆっくりと過ごせたのも思い出になった。また、何度でも行ってみたい。下の絵は若手画家の一人で、岡康友さんの作品です。

ドクターX

『これは一匹狼の女医の話である。
 大学病院の医局は弱体化し、医者のヒエラルキーは崩壊、命のやり取りをする医療も、ついに弱肉強食の時代に突入した。
 その危機的な医療現場に現れたのが「フリーランス」すなわち一匹狼のドクターである。
 例えばこの女、群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼女の武器だ。
 外科医、大門未知子またの名を「ドクターX」。』

 2012年からテレビ朝日がシリーズで放映している医療ドラマ「ドクターX~外科医大門未知子」のナレーションである。昨年まで、4回にわたってテレビ化され、各回、9~11の独立したエピソードが挿入されている。今年も10月12日からシリーズ5として毎週放映される予定になっている。各エピソードは1時間。
 テレビでシリーズとして放映されているのは、「水戸黄門」や「遠山の金さん」などで、今年は配役が替わるが、毎週、同じ時間帯に放送され、ストーリーは、ワンパターンで、それでも、見終わってからすっきりするので誰からも人気がある。現代劇でも、「踊る大走査線」や「相棒」などがある。
 テレビ化されたと書いたが、原作は無く、脚本家が創作している。脚本家もシリーズによって交替している。
 私はこれまで、このドラマの存在を知らなかったし、友達との会話にも出てこなかった。知ったのはAmazonのプライムビデオに入っており、無料で何度も見ることができ、たくさんあるテレビドラマの中でも人気のあるシリーズだったからである。BGMも少し良質なイヤフォンを使うと素晴らしいサラウンドで聞くことができる。

「ドクターX」はどこの医局にも属しておらず、大学病院などに派遣され、神業にも近い腕を持ち、不可能と思える手術(オペ)をも敢然と行い、すべてを成功させるフリーランスの医者で、症例報告も論文も出さない。そのかわり、金銭には汚く、高額の報酬を要求する。本名はわかっていない。以上、ドラマの中で米国の雑誌に紹介されているが、ドラマではドクターX=大門未知子として扱っている。大門未知子はお金に汚くもなく、神原名医紹介所に属しており、所長の神原晶(あきら)には父が残した借金を払っている。
 大門未知子は特技「手術」、趣味「手術」と称して、外科手術以外は踊ること、食べること、麻雀が大好きで、まったくの世間知らずで医師免許が無くてもできることには一切関心がない。相手が誰であろうと歯に衣着せぬ物言いと態度で接する。その代わり、患者には親切で、病院内では、院長や教授などの権威を全く無視する。味方は同じ紹介所に属する麻酔科医の城之内博美だけである。なお、麻酔科医というのは現実的にも、他の病院から依頼され、所属する医局から派遣されて手術に参加することがしばしばあるようだ。
 ストーリーはエピソード毎に異なるが、未知子は他の外科医が不可能と思われるオペも完璧、スピーディに処理するが、その功績は院長以下、誰からも認められず、他の医師が執刀したかの如く扱われる。それでも、手術して、完治すれば満足する。オペを引き受けるときは「わたし失敗しないので」、論文執筆や院長回診など断るときは「いたしません」の一言でバッサリとやってしまい、反感を買う。
「ドクターX」とは誰か、ドラマでは明かされないが、未知子の師として彼女から慕われる神原晶のようである。未知子にさえアドバイスするほどの知識と経験を持つが、医師免許を剥奪されている。マネージャーとして、未知子や城之内の報酬を集金するのが主な仕事で、毎回高額だということも、「ドクターX」であることを裏付けている。「水戸黄門」が決して切られたりしないのと同じく、決して失敗しない大門未知子のオペシーンも安心して見られることが、20%の高視聴率を保つ理由なのかもしれない。

 配役は大門未知子を米倉涼子、城之内博美を内田有紀、神原晶を岸部一徳が演じている。院長や教授たち、いわば悪役を伊藤四朗、西田敏行などが演じているが、第三シリーズでは院長役を北大路欣也が演じており、公正な役柄で未知子にも理解を示す。
 このドラマを見て、最初に惹かれたのは米倉涼子の魅力、スタイルの良さである。スラリとして超ミニスカートをまとった生足の長さは、さすが、15年のクラシックバレーの経験、ファッションモデルの経験がものを言っている。
 麻酔科医の城之内博美役の内田有紀もファッションモデルを経験しており、カッコ良く、米倉涼子の良い引き立て役になっている。西田敏行のイメージはどうしても「釣りバカ日誌」の浜ちゃん役から抜けきれないし、新「釣りバカ日誌」ではスーさん役で、彼のキャラは相変わらずのイメージが強い。


エンディングタイトル

黒革の手帳

 珍しく、松本清張原作の小説をテレビで見た。最近は清張の小説がたびたび放映されている。今年は清張没後25周年だからかもしれない。
松本清張といえば、私が中学生の頃から、「点と線」「眼の壁」「ゼロの焦点」など多くの推理小説を読んでいた。テレビが無い頃で、貸本屋から借りて読んだ。ほとんどが光文社のカッパノベルスだった。
その頃は、長編推理小説が好きで、短編小説はあまり好きではなかった。読んで後味の悪い小説では「霧の旗」がある。これに似た小説が今回テレビで見た「黒革の手帳」である。何度もテレビ化されているが、今回は武井咲が主人公、原口元子を演じている。2004年の米倉涼子主演版と、ストーリーはほぼ同じである。
原作とは時代がかなり違っているのでストーリーの展開も異なる。原作の原口元子は34歳程度だが、武井咲は23歳、銀座で最も若いママと言われている。武井咲はすごい美人で、私が好きな女優の一人であるが、原作の主人公はどちらかといえばブス。床を同じくする安島が原作では敵で、テレビでは味方。第8話まであるが、最後はあっさりと二人とも検察に拘束されて、幕切れになる。この展開では、多分、米倉涼子バージョンと同じく、続編があると期待している。
原作は清張らしく、緻密な情景描写やストーリー展開だが、推理小説ではない。ピカレスク小説(悪漢小説)という分野で、小悪漢が大悪漢に立ち向かっていくのが大筋になっている。やくざ映画みたいなものだ。シリーズ物の一話である。テレビは武井咲の美しさやファッションを売り物にしていると思う。また、「清張史上最強の悪女」としているが、原作では、小悪魔が巨悪のグループの罠に引っ罹り、自滅していくというのに近い。もし、その通りであれば、武井咲ファンの私に言わせると可愛そうとしか思えない。
武井咲05 武井咲09
武井咲14 武井咲13
武井咲11 武井咲04
武井咲15 武井咲16