ネヴィル・マリナー

N響ロマンティックコンサート

 一月に「ニューイヤーコンサート」を聴いて以来、久しぶりにコンサートを聴くため、サントリーホールに行った。平日なので午後7時という遅めの開演であった。N響のロマンティック・コンサートということと、ネヴィル・マリナーの久しぶりのN響指揮で大ホールが満席となっていた。
サントリーホールも9月に大改装を済ませたばかりである。私の席も一階席の真ん中で音の響きも良かった。
 曲目はヴィバルディの「四季」とモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」で83歳のマリナーさんにぴったりの組み合わせである。「四季」はヴィバルディの協奏曲集「和声と創意への試み」全12曲の中の最初の4曲「春」「夏」「秋」「冬」の総称である。協奏曲とは言っても、バイオリンソロと弦楽器だけの小編成オーケストラによって演奏される。今回のコンサートでは、N響ソロコンサートマスターの堀正文さんのバイオリンとマリナーさん指揮のN響弦楽アンサンブルによって演奏された。最近はやりの古楽演奏法ではなく通常のモダン演奏法で、しかもポピュラーな名曲だったためか、ソロ奏者、指揮者、各弦楽パートが聴衆と一緒に楽しむ和やかな演奏会となった。もう一つの「ジュピター」はモーツァルトの最後の交響曲だ。モーツァルトの交響曲の中では大規模編成のオーケストラで演奏されるのが普通であるが、今回はマリナーさんの手兵であるアカデミー室内管弦楽団と同程度の小編成での演奏であった。聴きなれている名曲ではあるが、新しいサントリーホールの最も良い席で聴いたせいか、すばらしい音にひとり包まれたような響に酔ってしまった。オーディオ装置で聴いているのとはもちろん違うし、どこの席で聴くかによって随分違うことを感じた。

 ネヴィル・マリナーはものすごい数のCDやレコードを出していて、そのレパートリーも広い。その数はカラヤンにも匹敵するくらいだ。
ほとんどが、彼が創設したアカデミー室内管弦楽団(正式にはThe academy of St.Martin in the fields)を指揮したもので、ハイドンやモーツァルトあたりが中心になる。彼自身は映画「アマデウス」の音楽監督、およびその指揮で有名になったとおっしゃっておられるようだが、それは謙遜であろう。彼の音楽はどのようなオーケストラを相手にしても、極めて中庸、おだやかで奇をてらうようなことはない。私にとってのネヴィル・マリナーの印象はイギリス出身の作曲家ホルストの「惑星」をアムステルダム・コンセルトヘボウを指揮して演奏したLPレコードの影響が大きい。この演奏は今でもCDとして出されている。派手さはないが、雄大な演奏でコンセルトヘボウの特徴をよく引き出している。最近、同じイギリス出身のサイモン・ラトル指揮「惑星(冥王星つき)」がベルリンフィルの演奏で出されているが聴き比べてみるとその違いがよくわかると思う。
 もう一つは中央公論社から出された「モーツァルト大全集」の中の前期交響曲集である。これはLPレコード190枚という膨大なものであるが、当時演奏されることの少なかったモーツァルトの初期、中期の交響曲のういういしさがとても清々しく感じられたレコードである。
 よく調べてみたら諏訪内晶子さんがデビューした最初のCDがブルッフ作曲の「ヴァイオリン協奏曲第1番」と「スコットランド幻想曲」、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズとの共演であった。ちなみに私は諏訪内晶子さんのフアンで、当然、このCDも持っている。

 余談ではあるが、去年のNHK音楽祭でイギリスのロジャー・ノリントン指揮でN響演奏のモーツァルトを聴いた。これはノン・ヴィブラート奏法を使って、N響の実力を遺憾なく発揮したすばらしい演奏であった。
 余談のついでに、イギリス出身で私が大好きな指揮者としてコリン・デイヴィスがいる。彼がアムステルダム・コンセルトヘボウを指揮して演奏したストラヴィンスキーの「春の祭典」は私が所持しているレコード、CDの中では最も好きな曲である。

ネヴィル・マリナー 「惑星」ポスター 若きネヴィル・マリナー