紅葉狩り

妙義山 紅葉

 根戸エンジョイクラブの皆さんと一緒に、紅葉を見に妙義山へハイキングに行った。

 妙義山は標高は高くない。筑波山より低く856mでしかない。昨年秋のハイキングで登った奥日光の高山が1668mだから、本当の低山である。だが奇岩怪石に富み、険峻な岩山の尾根を縦断するのは北アルプスの穂高を登るより危険だと言われている。最も一般的なコースと言われる石門めぐりコースでさえ、クサリをたよりに登らなければならない。
 今回は紅葉見物が目的なので、中之岳神社から「関東ふれあいの道」をたどって妙義神社までのハイキングコースを歩くことになった。体力的には昨年の高山より楽であったが、岩だらけの道や狭いはしごがなどがあって、危険な場所も多かった。私はビデオ撮影をやったので、みんなの前に行っては撮影を始め、通り過ぎるまで撮影して、また追い越して先頭に行くの繰り返しだった。健康で、体重が軽いことの有難さを味わった一日だった。紅葉はやや早かったのかもしれないが、近所の皆さんと一緒にハイキングをするのも健康的で楽しいものである。

 行きのバスの中で、紅葉を見るのを何故、「紅葉狩り」というのだろう?という質問がでた。「狩り」というのは鹿狩りとかイノシシ狩りとかの狩猟か、いちご狩りやみかん狩り、きのこ狩りなどの実やきのこを採ってくることに使う。なんで紅葉狩りというのか素直な疑問になる。ここで思い浮かんだのが、内田康夫氏の作になる推理小説「戸隠伝説殺人事件」であった。この小説の中に、「紅葉狩」という謡曲が登場する。さらにこの謡曲のもととなるのが「戸隠伝説」である。この話を絡めて、何十年も前の戦争中にあった誰も知らない陰湿な事件がおおもととなって連続殺人事件が起こるという筋書きである。

 謡曲「紅葉狩」というのは『ある山で、上臈らしい女が侍女たちとともに木陰に幕を打ちまわして、紅葉狩りの酒宴をしていると、従者を連れて鹿狩りに来た平維茂(たいらのこれもち)が通りかかり、山中での女たちだけの紅葉狩りを不審には思ったが、興を妨げまいとの心遣いから、馬を下り、道を変えて、静かに通り過ぎようとすると、上臈が維茂を呼び留めて酒宴の仲間に誘い入れる。美人の酌に思わず盃を重ね、うっとりとして、終に維茂が酔い臥してしまうと、女たちは、そのよく寝入ったのを見届けて姿を消した。やがて、維茂の夢の中に神のお告げがあり、それに驚いて目を覚ますと、今までの女たちは恐ろしい鬼の本体を現して維茂を襲ってきた。然し、維茂は少しも騒がず、八幡大菩薩を念じながら立ち向かい、遂に鬼を討ち平らげる。』(「観世流初心謡本」より引用)という単純なストーリーである。謡曲の中ではそれだけだが、ここから、『紅葉の美しさを愛でて山を探索したり、宴席を設けたりすることを「紅葉狩り」というようになった』とバスの中で説明した。

 この鬼女「紅葉(もみじ)」について、戸隠の鬼無里(きなさ)に伝わる「紅葉伝説」というのがある。

◇美貌と才知に恵まれた姫の末路
 平安の昔のことです。承平二年奥州の会津に生まれた少女呉羽(くれは)は子のなかった夫婦が魔王に願って生まれたためか輝く美貌と才知に恵まれて育ちました。やがて紅葉と名を改めた彼女は、両親と共に京の都に上り美しい琴の名手として都中の評判になり、源経基公の寵愛を受けるようになりました。
 しかし紅葉は正妻を呪術で除こうとして事が露見し信州・戸隠山へ流されてしまいますが、都への思いが断ち難く配下を集めて力を貯えます。これを聞いた朝廷は、平維茂を追討に差し向けますが住処もわからず、神に祈って矢を放った維茂は落ちた方角に進みます。待ち構えた紅葉たちは美しく装って毒の酒をすすめたところ維茂に見破られ、鬼女の正体を現したところを討たれて果てました。……戸隠では、紅葉ゆかりの地が数多く残されています。

(以上、「紅葉伝説」は戸隠・鬼無里のホームページより引用)

 妙義山ハイキングは好天にも恵まれて、無事、妙義山神社に着いた。残念ながら妙義山神社は修復中で日光東照宮に似た立派な社を見ることができなかった。その近くの日帰り温泉でゆっくり風呂に入り、お酒を飲んで帰った。

鬼女  紅葉と平維茂