紅葉の古都 第4日      2011/11/30

大河内山荘 
大河内山荘苔庭 野宮神社じゅうたん苔
野宮神社黒木の鳥居 野宮神社から大河内山荘へ行く竹林の道

 宿というところは、一晩過ごすとすっかり慣れてくる。このホテルは駅から近いわりに、ずいぶん静かである。 昨日まで京都はどの辺に行くかは決めていなかった。嵐山、嵯峨野の大覚寺付近と、南禅寺から清水寺あたりを歩いてみようと思っていた程度である。寝る前に地図を広げて考えてみたが、嵐山まではバスだと結構時間がかかる。嵐山付近に行く他の交通手段は嵐電を利用するという手がある。しばらく地図を見ているとJRがあるのに気が付いた。山陰本線の嵯峨嵐山駅で降りて天龍寺へ行けそうだ。
 ホテルでバイキング形式の朝食を済ませて、京都駅に行った。山陰本線の始発駅になっている。嵯峨嵐山駅で付近の地図をもらい、降りた人たちに付いていくと、みんな野宮神社の方向へ行く。野宮神社は伊勢神宮に仕える斎王が身を清めるために斎宮に向かう前の一年間を過ごす場所である。斎王や斎宮についてはすでにこのブログに記した。
 野宮神社はそれほど広いわけではないが、紅葉や苔が綺麗である。斎王についての予備知識がある人にとってはどうということはない場所である。ここから多分いろんな所へ行くことができるが、みんながぞろぞろと行くのは大河内山荘である。テレビコマーシャルで有名な竹林の道が途中にあるからだ。竹林はよく手入れされて綺麗だ。大河内山荘は歴史的に古いわけでもないが、紅葉は素晴らしい。私が小さい頃よく見た、映画でおなじみの片目片腕の剣豪、丹下左膳役で有名な大河内伝次郎が30年もの期間をかけて築き上げた回遊式借景庭園である。嵐山が借景になり、高台から見ると、保津川をすぐ下に見下ろし、京都市内全体を眺めることができる。はるかかなたに大文字焼き「大」の字も見えた。大河内伝次郎の人となりについては高峰秀子著「わたしの渡世日記」にも登場する。お寺や神社ではないので、むしろ親しみやすい場所と云えよう。
 大河内山荘からしばらく歩くと小倉池を左に見て、常寂光寺に着く。常寂光寺は慶長元年(1596年)に創建された日蓮宗のお寺である。この付近は小倉百人一首の編纂者、藤原定家の山荘のあった地域で山の名前も小倉山と呼ばれている。名前に似つかわしくない、茅葺の小さな仁王門を入ると、一面が紅葉である。山の傾斜に沿って寺院が点在するが、紅葉だらけで、紅葉を見るために作られたお寺ではないかと疑うばかりである。
  「小倉山しぐるゝころの朝な朝な昨日はうすき四方のもみぢ葉」 藤原定家 
 
 もみじの山を下って、昼食をとり、次の二尊院に向かった。途中、向井去来の庵の跡、落柿舎がある。去来は芭蕉の一番弟子で元禄の俳人である。熟した柿の実がその名にぴったりというところか。
 二尊院は正しくは「小倉山二尊教院華台寺」といい、天台宗に属している。二尊というのは、人が誕生するときに送り出す「発遣の釈迦」と人が寿命尽きたときに迎えてくれる「来迎の弥陀」といわれる釈迦如来と阿弥陀如来を祀ってあるという意味である。本堂の中に釈迦如来、阿弥陀如来立像が仲良く並んでいる。 ここには旧摂関家や豪商角倉了以などの墓が隣接しており、俳優、阪妻こと坂東妻三郎の墓もある。阪妻といえば、つい先ほど行った大河内山荘を建てた大河内伝次郎や片岡知恵蔵、嵐寛寿郎、長谷川一夫、市川右太衛門など戦後の時代劇映画を賑わした六大スターの一人である。めんこの図柄に使われていたので名前はよく知っていたが、私にはこの阪妻の映画は思い出せない。彼が亡くなったのが私が10才の頃だったからだろう。
 二尊院を出て、歩いていると、さっき見た落柿舎の横に出た。次は清凉寺に行きたいのだが、他の観光客は右折している。こういう時に困るのが、私の方向音痴である。駅でもらった地図を見て、人に聞いたら、みんな駅に向かっているようだ。今回初めて使うウォーキングナビを見たら、反対方向に行かなければならない。ナビの指示に従って歩いて行くと。目の前に清凉寺の仁王門が見えてきた。清凉寺は嵯峨釈迦堂とも呼ばれ、嵯峨天皇の皇子、源融の一周忌にあたりその子息が建立したと云われている。源融は光源氏のモデルとされる。庭園は池泉式回遊庭園で池の周りの紅葉がとくに綺麗である。こちらの釈迦如来像と阿弥陀三尊堂は国宝として、他にも多くの重要文化財が霊宝館に収められている。
 三時を過ぎて、日が傾いてきたので、次の目的地大覚寺に急いだ。清凉寺から大覚寺へはすぐに着いた。テレビの時代劇にもよく登場する大沢池を境内に持つ、有名なお寺である。もともと、嵯峨天皇が離宮として建立され、中に空海がお堂を建てて真言宗の寺院とした嵯峨山の山号を持つお寺でもある。鎌倉期においては亀山法皇や後宇多法皇が院政を行ったので嵯峨御所とも呼ばれた皇室ゆかりのお寺で、代々法親王が住職となった門跡寺院である。華道嵯峨御流の家元で嵯峨菊華展が開かれていた。紅葉は朝から見てきた景色に比べるとさほどでもないという感じだ。
 大覚寺から京都駅行の京都バスで帰ったが、居眠りをしながら、京都駅に着いた頃は夜の風景になっていた。京ラーメンを食べて、つまみとお酒を買って、ホテルで飲む最も安上りの夕食になった。
小倉池 常寂光寺
常寂光寺 落柿舎
二尊院 清凉寺
清凉寺 大覚寺