

今回の奈良・京都の旅の最後の日になる。平野神社を出て、北野白梅町でバスを乗り換え、妙心寺北門前を通過して、御室仁和寺前で降りた。すぐ目の前に壮大で重厚ではあるが、優美さも兼ね備えている二王門がそびえ立っている。知恩院、南禅寺の三門と並んで、京都三大門の一つとされている。
仁和寺には何度も来ているが、今回は、有名な御室桜を期待していた。残念ながら、時期が早すぎたせいか、開花している木はほんの少ししか無かった。その代わりに、枝垂れ桜が満開になっていた。枝垂れ桜を前にして、五重の塔を写してもなんとなく様にならない。やはり、低い木で花が群生して見える御室桜を前に置いたほうが良さそうだ。とは云っても、花見の時期で境内は拝観客で混んでいた。ミツバツツジの花も咲きそろっている。
前に来たのは2008年の冬で、ブログの中にビデオ映像を掲載しているが、今回は一眼レフで撮影した静止画を載せた。混んでいる所で、三脚を立てて動画を撮るのは難しい。宸殿から見る南庭、右側に右近の橘、奥に勅使門、その向こうに二王門が見える景色や、北庭の池と石組み、その向こうに見える五重塔の風景はこの寺の代表的な景観である。白書院や宸殿、黒書院などの襖絵の優雅さは、まさに御室御所と呼ばれる門跡寺院の風格を備え、このお寺の格式の高さを象徴している。
仁和寺は888年に宇多天皇により構築された寺院であるが、応仁の乱でほとんどが焼失してしまっている。それから160年後の寛永11年(1635年)に、徳川家光により再興され、その時期に京都御所の紫宸殿を移築して本堂とし、現在の金堂となった。金堂は国宝として認定されているが、中には阿弥陀三尊像が安置されている。 仁和寺全体は世界遺産として登録されているが、その中でも、金堂の美しさはなんとも言えない。これこそ寝殿造りの典型と云えそうだ。前回撮った、阿弥陀如来坐像と脇侍の勢至菩薩立像、観世音菩薩立像からなる阿弥陀三尊像の映像だが、今回は金堂が開いておらず、見ることができなかった。文化財が保管、陳列されている霊宝館に、国宝阿弥陀三尊像があるが、こちらのほうが、平安時代に作られたと思われる。金堂内の仏像は江戸時代の作品なのだろうか?
仁和寺は昔から文化の中心ともなっている。境内の中にある茶室、遼廓亭は門前にあった尾形光琳の住居を移したものと云われ、清水焼を代表とする京都の陶器は京焼と呼ばれるが、御室焼(仁和寺焼)もその一つである。御室焼の窯は野々村仁清によって仁和寺門前に作られた。尾形光琳の弟、尾形乾山も門前に居を構え、仁清の教えを受けている。現在でも、仁和寺が宗家となっている御室流華道は仁和寺創建当時より仏前に供える経華のための挿花の流儀として伝えられてきたものである。徒然草や方丈記にも仁和寺の話が登場するが、多分野にわたって、仁和寺は文化的にも深く関わってきたことがわかる。

